魔女の食卓 1

山口 沙緒  2009-11-14投稿
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『オードブル』
シェフのおまかせオ ードブル


雨が降っていた。
7月だというのに少し肌寒いくらいの薄暗い朝だった。
低く垂れ込めた黒い雲は、まるで水をたっぷり含んだスポンジのように雨を落とし続けていた。
地下鉄の駅を出た川島美千子は、いつもの朝と同じように会社への道を歩き始めた。
黒い傘をさし、少しうつむき加減で、彼女はびしょ濡れのアスファルトの歩道を歩いていた。
地味なグレーのスーツに身を包んだ彼女は、小柄で小太り、顔はどこか田舎くさく無口で、たいした愛嬌もなく、都会にいるのが不自然なほど、外見的なセンスも魅力もない女性だった。
三十に近い年齢にもかかわらず彼女がほとんど化粧をしないのは、それをする事によって、さらに道化者になってしまうのを、彼女自身がよく知っていたからだ。
そして、恋愛という言葉にもっとも縁遠い女性の一人といえた。

川島美千子が他の者より一時間ほど早く出社するこの時間は、まだ歩道に人通りはほとんどなく、彼女は一人ぽつぽつと歩いていた。そして、会社の近くまで差し掛かった時、赤いスポーツ・カーが歩道ぎりぎりを走り抜けた。
そのタイヤが大きな水しぶきを上げ、彼女の顔とスーツ、そして靴までもが一瞬のうちに泥水だらけになってしまった。
突然の事に、彼女はその場に立ちつくしていた。
赤いスポーツ・カーはすぐに停車し、左のドアが開いた。
そしてまず、すらりと伸びた2本の足が、続いて花柄の高級そうな傘がパッと開き、最後に鮮やかなブルーのスーツ姿の女性が現れた。
その難しい色のスーツを、彼女は荒馬を乗りこなすように、見事に自分の物にしていた。バタンと車のドアを閉めて、川島美千子につかつかと近付いてきた大西麗子は、彼女とはあまりにも対照的な女性だった。
すらりと背が高く見えるのは、そのスリムなスタイルも手伝ってであろう。
わずかに微笑みをたたえたような唇、自信に溢れた大きな瞳、そして、その知的な顔からは清涼感が漂っている。
「ごめんなさいね」
そう言って大西麗子は、たいして反省した様子もなく川島美千子を見下ろした。

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