「…ゼル…ゼル…」
久方ぶりにその言葉を聞いたのは深夜の事だ。
体を起こすと、レミーシュの地下室のひと部屋だった事を思い出す。
珍しく、居場所を再確認しなくてはいけないほど、深く眠っていたようだ。
レミーシュは、厳重に施錠されたドアの二つ向こうの自らの寝室だ。
ゼルは物置を間借りしている。
自分を警戒しているのか、信頼しているのか理解し難い。
「…御呼びで」
「…眠っておったか。珍しいのぅ。確かに体は人間、睡眠は必要だが…らしゅうない」
「失礼しました」
「よいよい。
…満月が近いのぅ。力が拘束されるのが分かるわ…そなたも分かっておろう」
「…はい」
「…して、進捗を聞こうかのぅ」
ゼルは、自らでも目眩を覚えた、目まぐるしい展開を説明した。
キアという存在と、その正体。
魂喰いへの、ゼルとキアの考察。
鼠の捕り方。
餌の、餌たる理由。
すなわち、レミーシュとレミエルの関係性。
此岸の向こう側、彼岸の先の小さな主は、時折けらけらと笑って聞いていた。
「ほんに面白いのぅ。因果とは、しかして正にそんなものじゃ。しかし、月の者なら利用しやすい。ゼル、救われたのぅ」
「はい…」
ゼルは唐突に切り出した。
「主よ」
「…何かあるようじゃな」
「…俺は一体何者なのですか」
「…人に掻き乱されたか」
「だけではありません。月の小間使いも、俺を乱した揚げ句、語りませんでした。
そろそろ話して頂けてもよろしいかと」
「腑に落ちんのが気分を害するか。
まぁ、知っても自我が揺らぐだけだと思うがの。
忘れるなゼルよ。そなたはわらわが道具に過ぎぬ」
「…ならば、道具に自我など与える必要がありましょうか」
「…戯れよ。光の大神を真似てみたかったのじゃ。わらわへの、死への真の理解も欲しかったしのぅ」
「…話されるおつもりはないと?」
「…今は、の。賢しい詮索は無用じゃ。わらわは月ほど奔放ではない。
…そなたのためにも、じゃ」
彼岸から届く、高圧で冷たい言の葉に、ゼルは諦めるしかなかった。
月が、豊満なその身を黒い夜空に浮かべていた。