山口
「大西麗子って、あの有名な…」
朝倉
「そうそう、あの大西麗子よ。
ケンブリッジ大学卒、語学力抜群、頭脳明晰、行動力とスタミナは、その辺の男なんか問題じゃないそうよ。
彼女のアドバイスのおかげで、海外との大きな取り引きがいくつもまとまったんだって。社長が言ったらしいじゃない、秘書は二人も三人もいらないって。彼女が一人いれば全てがうまくいくって」
戸倉
「確かに中身も凄いけどさぁ、外壁だって並大抵じゃないわよ。
その辺の半端なモデルなんか目じゃないわよ。
おまけに彼女の家柄が…」
山口
「もう分かったわよ!お父さんが銀行の頭取なんでしょ。
はいはい、私が身の程知らずでした」
朝倉
「しかし、恐ろしいカップルよね。
子々孫々まで繁栄しそうじゃない。
この二人の間を割って入れる女なんて、いるとは思えないわよねぇ」
戸倉
「いない、いない、この地球上にはいない。大西麗子には誰も歯がたたない」
山口
「でもさぁ、なんか鮫タッチよね」
朝倉
「鮫タッチ?」
山口
「シャークに触る」
戸倉
「オヤジか!」
山口
「でも、そんな何もかも恵まれてる女性って、きっと今まで何かで負けた事ってないんじゃないの」
朝倉
「そうかもしれないわね。
絶対的自信に満ち溢れているもんね」
山口
「誰かさぁ、彼女のその絶対的自信とやらを、根底から揺るがすような女って現れないかなぁ…そしたら面白いのに」
* * * *
その広いフロアーには三十人以上の人間が働いていた。
あちこちの机でひっきりなしに鳴る電話の呼び出し音、それに対応する話し声、忙しい足取りで歩き回る足音。それらが渾然一体となって、フロアー全体がわずかな騒めきと活気に溢れていた。
その一番奥まった所に、他よりも一回り大きく、かつ立派な机がひとつあり、そこに座る者こそが、このフロアーの長である事はだれの目にも明らかだった。
営業部長の石崎武志の席である。
彼はこの営業部で最年長というわけではない。
しかし、彼がその席に座っている事には、なんら違和感はなかった。
持って生まれたリーダーとしての風格が、それを可能にしていたのだ。
「武志さん」
その声に石崎武志は書類から顔を上げた。
大西麗子がにこやかな笑顔で立っていた。
ほかの者にはめったに見せない笑顔だった。