「あっ、はい」
「ちょっとぶしつけな話なんだけど、今日会社の帰りに、君の家に寄っちゃまずいかな」「私の家に?」
「ああ、子供じみた事を言うようだけど、どうしてもあのクッキーを、今日欲しいんだ。もし君さえ迷惑でなかったら…」
「そんな迷惑だなんて、私は別に構いませんけど、でも私の家はちょっと遠くて」
「いや、無理を頼むんだから車で送るよ、君の家まで。
なんだかあのクッキーにすっかり魅了されちゃったみたいで、しかし君にこんな才能があったとは。
ちょっと意外だったな。
正直、見直したよ。
じゃ、帰りに」
石崎武志はそう言うと、今度は真っ直ぐにデスクに戻った。
その後ろ姿を、川島美千子はじっと見ていた。
*退社後、バス停で バスを待ちながら 、OLの山口、戸 倉、朝倉が話して いる*
山口
「ねぇねぇ、あたしさっき信じられないもの見ちゃった」
戸倉
「なぁに、信じられないものって。
宇宙人の幽霊?」
朝倉
「そんな、ややっこしいものはいないわよ」山口
「そんなんじゃないのよ。
あのね、さっき石崎部長が車で帰っていったのよ。
別に車で帰るのはいつもの事だから、それでいいんだけどさ。
ただ今日は一人じゃないのよ。
助手席に女性が乗ってたのよ」
朝倉
「大西麗子でしょ、どうせ」
山口
「残念でした、ハ・ズ・レ!
そんな事だったらわざわざ報告しないわよ」戸倉
「違うの?
じゃ、いったい誰よ」山口
「それがさぁ、驚いちゃダメよ。
なんと、川島美千子なのよ」
戸倉
「あんたねぇ、そんな事ばっかり言ってると、信用なくすよ」
山口
「本当なのよ!
あたし見ちゃったんだから。
助手席にさ、確かに川島さんが乗ってたのよ。
チラッとしか見えなかったんだけどさ、二人で楽しそうに話してる感じでさ。
川島さんなんか、ニコニコしてたわよ。
あたしさぁ、彼女の笑顔って、初めて見るような気がするんだけどなぁ」
戸倉
「じゃ本当なの?
なんで〜!
どうして〜!
誰か教えて〜!
あたしが納得するような説明して〜!」
山口
「あたしにも分かんないよ。
なんで川島さんなの」朝倉
「ちょっとちょっと。そんなに騒がないで冷静になろうよ。
ただ助手席に乗ってたってだけでしょ。
その車でホテルに入ったの見たわけじゃないでしょ」