路地裏にあるそのうどん屋は、知る人ぞ知る名店だった。
そこの主人のつくる「塩うどん」は、塩加減が絶妙だ、と評判だった。
頼もしい妻の支えもあって、来客数も上々。まさに順風満帆な日々を送っていた。
そんなある日、男にとって大きな存在だった妻が、死んだ。
それでも、毎日来てくれるお客さんのために、精一杯麺を打ち、うどんをつくった。
ある時、常連客の一人が言った。
「あれ?この塩うどん、いつもよりしょっぱいような…」
他の客も、口をそろえて言った。
「おかしい。しょっぱすぎる。まず、麺自体がしょっぱい。最愛の妻が死んで、狂ってしまったのだろうか」
そして、そのうどん屋の評判は、次第に落ちていった。
努力家の男も、さすがに心がもたないという様子だった。
妻が死んで何日か経ったある日…。
男はいつものように麺をこねながら、今は亡き妻に問い掛けた。
「なあ、何がいけないんだろう。お前がいなくなってから、おいしいうどんがつくれなくなった。塩加減も、前と同じようにしているんだけどな……」
そうして男の目には、涙がたまっていく。
やがて涙は、頬を伝って、重力に逆らうことなくこぼれ落ちた。
力を込めてこねる麺の生地に、こぼれた涙が染み込んでいく。
男は妻のことを考えながら、自分が泣いていることにも気付かないで、一生懸命に麺を打ち続けた。
いつものように……。