その日も、汚れた街には雨が降っていた。
街の汚れを、人の体温のように生温いシャワーで流そうとしている。
血の匂いも。
死体の香りも。
狂気や謀略、敵意や悪業の数々の臭さを。
代わりに、街に漂うのは、生臭い水の匂い。
その雨のなか。
「お、ウチのはっ水スプレー使ったみたいだね。どう?」
「悪くないな。傘の華も情緒がある気がするがな」
「でも、あれは面倒だよ。レインコートは動きにくいしダサいしさぁ」
雨中に煌めく、鳩血色の瞳と蒼煙色の瞳。
ゼルと、キアだ。
二人の神の小間使いが、この腐った街に顔を突き合わせている。
偶然なのか、因果による必然なのか。
更に、本人も知らぬ、二人のみが知るもう一人の小間使いも現れるやも知れぬ。
数奇なものだ。
雨で黒い長髪を濡らしながら、ゼルは目の前に広がる煉瓦の平野を見た。
いびつで、所々破壊された広場という人工の荒野には、オフホワイトの服を着た光の小間使いの動力源たる者がいる。
未知の存在への、撒き餌として。
他にも、いくつかキアの若い部下が撒き餌として配置されている。
後ろ向きな、保険としてだ。
「…さて、獲物はどう出るかな…?」
キアは右手を上げ、指を立て、くるくる回す。
作戦開始の合図だ。
部下が、二人の前から散り散りに散っていく。
遠くから、二人に澄んだ水のように潤んだ視線を投げ掛けるレミーシュも、行動を始めた。
今回、レミーシュは花売りという設定だ。
街行く人に、赤い薔薇を売って歩く。
当然売れる事などないのだが、不思議と花売りはこの街に多い。不自然ではないはずだ。
ゼルは、時が流れ行くのを待った。