魔女の食卓 15

矢口 沙緒  2009-11-17投稿
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時計を見ると、すでに十一時を回っていた。
「おっと、もうこんな時間だ。
帰らなくては。
今日はすっかりご馳走になってしまって。
でも、本当に美味しかったよ。
じゃ、そろそろ失礼するね。
遅くまで悪かったね」
「いえ、またいつでも寄ってください」
二人は表に出た。
石崎武志は車に乗り込み、彼女に軽く手を振り発進した。
その車の赤いテールランプが完全に見えなくなるまで、川島美千子はただ一人暗闇の中に立たずんでそれを見ていた。
いつの間にか彼女の足元に来ていたシャーベットが、彼女の足に顔をこすりつけてきた。
彼女はシャーベットの正面にしゃがみ込み、頭を撫でながら言った。
「行っちゃったね…
ダメよシャーベット、そんなに淋しそうな顔をしちゃ」
しかし、彼女の言葉とは反対に、淋しそうな顔をしているのは彼女自身だった。

その夜、石崎武志は思いもよらぬ夢を見た。
川島美千子を抱く夢である。
いや、正確には彼女に抱かれる夢であった。



翌日、石崎武志は昨夜もらったクッキー四枚とコーヒーの朝食を済ませると、会社に向かった。
その鞄の中には残りのクッキーがしっかりと入っていた。
会社での彼は、相変わらずの忙しさだった。
だが、その合間に川島美千子のデスクを何度もちらちらと見た。
彼女は休暇を取っているので、当然そこは空席で、それが分かっていながら、何回となく何故か彼女のデスクを見てしまう。
やがて昼食の時間となり、何を食べようかと考えたが、食べたい物は二つしか思い浮かばなかった。
昨夜のカレーか鞄の中のクッキーである。
それ以外の物は、いっさい口にする気にはなれなかった。
彼は女子社員の一人にコーヒーを入れてくれるように頼むと、鞄の中から紙袋を取り出した。
コーヒーを頼まれた女子社員は、幸せの絶頂のような顔をして、それを彼の元に運んできた。
彼はコーヒーを一口飲むと、紙袋からクッキーを一枚つかみ、それをかじった。
この瞬間がたまらなかった。
昨日も食べた、そして今朝も食べた。
それなのに、今それを口に入れたとたん、昨日とまったく変わらない鮮烈で豊かな香りが広がり、その味や香りに慣れてしまって飽きることなどまったくない。
それどころか、それを食するたびに感じる驚きと喜びは、いつも新鮮だ。
「中毒だな、これは」
石崎武志は、軽い気持ちでそう思った。

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