魔女の食卓 16

矢口 沙緒  2009-11-17投稿
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彼は昼食の時間をいっぱいまで使って、残りのクッキーをゆっくりと堪能した。
そして、それを食べ終えた時、彼はとても満たされた思いだった。
満腹感ではない。
気持ちが満たされたのだ。
大きく深呼吸をする。
口の中の残り香が淡い余韻となって心地よかった。
彼は空になった紙袋を丸めて、ポイとゴミ箱に投げ入れた。
そのとたん、満たされたはずの気持ちが、急に不安になった。
クッキーはもうない。
川島美千子からもらったクッキーは、もうないのだ。
彼女のデスクを見る。
勿論、彼女はいない。
それを確認した事が、彼をいっそう不安にした。
彼女は来週の月曜日まで出社しない。
「仕方ないか…」
彼はそう口にすると仕事に戻った。
しかし、二時間たち三時間たちするうちに、彼の不安はますます大きくなり、落ち着かなくなってきた。
クッキーはもうない。
あのカレーは食べられない。
川島美千子はいない。
そんな事ばかりが気になって、ちっとも仕事に身が入らない。
何故これほどまでに気持ちを振り回されるのか。
彼にも分からなかった。
しかし、その事を忘れて仕事に打ち込もうとしても、気が付くと、また思考はそこにたどり着いていた。
石崎武志はいつの間にか、何かに魅入られ始めていたのだ。
五時を過ぎた頃には、すでに彼は自分を制御できないでいた。
周りの目を気にするようにして、川島美千子の自宅の電話番号を調べた。
社内で電話するのはまずいと思い、社外に出て、携帯を開いた。
彼女は休暇中どこにも行かないと言っていた。
それが一縷の望みだった。
彼は祈るように携帯を耳にあてた。
四回目のコールの後、電話は繋がった。
「はい川島です」
それはまさしく川島美千子の声だった。
「あっ、よかった!川島君だね。
石崎だ。昨夜は済まなかったね。
あの、実は仕事のことで電話したんじゃないんだ。
えっと、なんだか言いづらいんだが…」
「今夜の夕食の事ですか。
ちゃんと用意してありますけど」
川島美千子はあっさりと言った。
「えっ?夕食を…」
「はい。
きっとまたお見えになると思って。
いらっしゃるんでしょ、今夜も」
石崎武志はゴクリと唾を呑み込んだ。
それは彼にとって夢の誘いだった。
「いいのかな、また伺っちゃって。
迷惑じゃ…」
「迷惑だなんて。
部長がいらっしゃるのを待っているんです、私」



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