「みんなも知ってるように、私は、舞子を連れ戻すために“子供のセカイ”にやって来たわ。そして舞子はラディスパークという場所にいる。耕太を助け出したからには、もう後はラディスパークに向かうだけ。王子が回復したら、すぐにでも出発するわ。」
ジーナはパンの塊をごくんと飲み下すと、気がかりな様子で、美香にスプーンの先を向けた。
「だが、ラディスパークはここからとてつもなく遠い場所にあるぞ。何百もの領域を越えなければならない。」
「何百!?」
美香は思わず目を見張った。王子は眉を寄せて頷いた。
「美香ちゃんは知らないかもしれないけど、ここは“子供のセカイ”の外れに当たる場所なんだ。ラディスパークは“子供のセカイ”の中心部。中心部のすぐ周りにある領域は、“真セカイ”で今現在子供である者たちが、頻繁に想像している場所なんだよ。」
「そして、やがて大人になった彼らは、子供時代の想像を忘れていくわ。忘れられた想像たちは徐々に中心から外れた場所へ動いていき、やがて混沌うずまく超空間へと溶けて消える。」
ホシゾラの穏やかな声を、王子とジーナは神妙な顔つきで聞いていた。美香は腑に落ちた思いで考えた。
(きっとそれは、この人たちにとっての「死」と同じなんだわ。)
ホシゾラの口調は、「そして人間はいつか死ぬ」と言っているように聞こえた。美香は出会ってすぐの頃の王子の言葉を思い出した。自分を想像した光の子供は、大人になって、もう僕のことなんか忘れてしまった。王子はひどく寂しげな様子で、そう言ったのだった。
美香は胸が苦しくなった。ああ、そうなんだ。この人たちも同じなんだ。人間だけが消えるのではなくて、「一度存在してしまったもの」に、変わらないものなんて、何一つないんだわ。
「……あのー、ひとつ良いっすか?」
耕太が遠慮がちに声を上げ、皆がそちらに注目した。
「オレ、皆さんが何のこと言っているのか全然わからないんだけど?そもそも“子供のセカイ”っていうのはどんな場所なんだ?」
そこで美香たちは代わる代わる“子供のセカイ”について耕太に説明をした。思えば耕太はずっと“闇の小道”にいたのだ。何も知らなくても無理はない。耕太があまりにも平然としていたから、美香でさえ、ついそのことを忘れかけていた。