「それじゃ、お言葉に甘えてお邪魔しようかな。
またあのカレーを」
「いいえ、今夜はカレーじゃないんです」
「カレーじゃない」
石崎武志はがっかりしたような声をだした。
それを聞いた川島美千子は少し笑った。
「そんなに気を落とさなくても大丈夫です。
『サマンサ・キッチン』はカレー専門店じゃないんです。
うちはメニューの多さも自慢だったの。
カレーはその中のひとつに過ぎないわ。
まだまだ部長が食べた事のことのないものが、いっぱいあるんです。
わざわざこんなに遠くまで来ていただくのに、がっかりさせるようなことはしませんよ。
では、待っていますので」
「ああ、ぜひ伺うよ、じゃ、後で」
彼は早足で会社に戻り、差し当たりの仕事を片付けると、急いで車に乗り込んだ。
* 昼休み、社員食堂の一番奥の席で、OLの山口、戸倉、朝倉が話している *
山口
「ねぇ、最近さぁ、石崎部長ちょっと変じゃない?」
戸倉
「うん、あたしもそう思うんだ。
なんだか仕事中も上の空でさ。
自分のデスクの電話が鳴ってるのに、ぼーっとしてて気付かない時もあるのよ。
いったいどうしちゃったのかしら?」
朝倉
「確かに変よね。
お昼はクッキーばっかり食べてるし」
山口
「クッキーばっかり食べてるの?」
朝倉
「あら、気が付かなかったの?
ここ二、三日は自分のデスクでコーヒー飲みながらクッキーばっかり食べてるわよ。
それにさぁ、五時を回るとさっさと仕事を切り上げて、急ぎ足で帰っちゃうのよ。
前には八時、九時は当たり前って感じでさぁ、遅い時なんかは十一時過ぎまで仕事してたのに。
あんなにいそいそと、どこ行くんだろ?」
山口
「やっぱり大西麗子のところじゃないの?」
朝倉
「それがさぁ、ちがうのよ」
戸倉
「違うの?」
朝倉
「昨日ね、確か七時頃だと思うけど、あたしももう帰るところだったのよ。
そしたら大西麗子が入ってきてね。『あら、武志さんは?』って、あたしに聞くの。
部長ならもう帰りましたけどって答えたら、『もう帰ったの、ずいぶん早いのね』とか言っちゃって、携帯で連絡とろうとしてたんだけど、繋がらないらしくって、諦めて帰って行ったのよ」
山口
「そりゃ、問題よねぇ。
ほかの女の所に行ってるのかしら?」