ほとんど携帯の電源を切っているのだ。
やっと土曜日の朝に連絡がついたと思ったら、返ってきた返事は素っ気ないものだった。
その時の第一声も気に入らなかった。
『なんだ、君か』
いったい、どういう事なのよ!
彼にあまりにも軽く扱われたその一言が腹立たしかった。
私があなたに惚れてるんじゃない。
あなたが私に夢中なのよ。
それは彼女にとって、とても重要な認識だった。
学生の頃から、彼女に言い寄ってくる男は後を断たなかった。
その男達の中から、最も理想に近い男を選んだ。
それが石崎武志だった。
ただそれだけの事だった。
だから二人の立場は同等ではなく、自分の方が上だと思っている。
あの人が私を必要としている。
あの人が私を愛している。
あの人が私に夢中なの。
何故なら、自分よりも優れた女はいないからだ。
誰よりも賢く、誰よりも美しく、そして、それに見合う家柄も財産もあるからだ。
その自信が、さらに彼女の美しさに拍車をかけていた。
だが、その絶対的自信に小さな傷がつけられた。
今までは、そんな事はなかった。
いつも彼と会うたびに、彼女は自分が優位に立っている事を、いつも再認識していた。
しかし、あの時の電話での返答は違っていた。
何か素っ気なく、むしろ連絡を取った事を迷惑がっているようであった。
その彼の態度が、彼女のプライドに小さな引っ掻き傷を残した。
小さな引っ掻き傷ではあるが、その傷からは確かに、一筋の赤い血が流れ落ちたようだった。
大西麗子は平静という仮面を被って一日の仕事を終えると、車で石崎武志のいる支社に向かった。
相変わらず携帯の電源はオフのままだったからだ。
彼女は石崎武志のいる三階の営業部に行くためにエレベーターに乗った。
左腕のオメガの腕時計をチラッと見る。
彼女はロレックスのコンビも所有しているが、ロレックスはなんか俗っぽい気がして、行動的に見えるこのオメガを愛用している。
時計は六時を少し回ったところだ。
通常ならこの時間に、石崎武志が会社にいない事は考えられなかった。
エレベーターが三階に着き、ゆっくりとドアが開いた。
そこにエレベーター待ちの一人の女性が立っていた。
川島美千子であった。
彼女は大西麗子にすぐに気が付くと、目を伏せ軽く会釈してからエレベーターに乗り込んだ。