「オードブルが運ばれてきて、見た目はすごく綺麗で、でもそれは見た目だけだった。
口に入れて噛んだとたんに寒気がした。
なんの味もしないんだ。
香りもまったくない。
食べ物とは認識できない何かを、ただ噛んでいるだけだった。
ティッシュペーパーを口の中に頬張って噛んでいるような、そんな気さえした。
専務を見ると、もうすっかりオードブルを食べ終わっていて、ニコニコしながら、
『どうだ、うまいだろう、ここの料理は』
なんて言うんだ。
僕は口の中の物を呑み込む事さえ出来なくって。
なんとかワインで流し込むように呑み込んだけど。
そのあとにスープが運ばれてきて。
スプーンで少しだけすくって口に入れてみたんだけど。
これもまったく味も香りもない。
ただのドロリとした熱い液体でしかなくって。
まるで熱くしたバリウムみたいなんだ。
専務はうまそうに飲んでいるし。
僕は自分の味覚と嗅覚が麻痺したのかと思った。
その後出される料理には手をつける事も出来なかった」
「藤本専務は怒ったでしょ?」
「もうカンカンだよ。
最後のコーヒーが出る前に怒って立ち上がって、
『こんな失礼な男は初めてだ!』
って言い残して帰っちゃったよ」
石崎武志は困った顔をした。
「藤本専務に睨まれたら、この先やりづらいし、それと自分の舌が馬鹿になっちゃったんじゃないかと、それも心配で。
でも、君の作ってくれた物を食べたら、それが間違いだって事が分かってよかったよ。
僕の舌が変だったんじゃなく、きっとあの店の料理が変だったんだな。
でも、専務には参ったな。
すっかり怒らせちゃって」
「ねぇ、その店で出てきた料理なんだけど、どんな物が出てきたか覚えてる?」
「ああ、それはちゃんと記憶してきたよ。
君に頼まれたからね。
使われた食材と盛り付けと料理の名前と。
ただ、どんな味だったかは聞かないでくれ」
「味はいいの。
ちょっと待ってて、今メモをとるから」
川島美千子は立ち上がって厨房の中に入り、メモとボールペンを持って戻ってきた。
「じゃ、まず最初のオードブルから聞こうかな」
石崎武志の説明に、彼女は細かい質問をしながら、メモに書き込んでいった。
オードブル、スープ、魚料理、メインデッシュの肉料理、そしてデザート。