やがて王子は言った。
「犠牲として消えるのは、目に見えるものだけじゃない。それはジーナの心に関わることかもしれないから……。」
美香はしばらく王子の言葉の意味を考えていたが、結局よくわからなかった。だが、確かにその通りかもしれない。ジーナは今ここにはいないが、犠牲のことを彼女に直接聞いた所でまたはぐらかされてしまう気がした。ジーナは自分の痛みを容易に人には話さないタイプだから。
「そうね……。わかったわ。」
美香はそれだけ言って詮索をやめた。王子は内心ホッとしていた。ジーナが魔女であったことは、なかなか話しにくいことだった。リリィの記憶が蘇って美香に恐怖を与えることは避けたかったし、何より美香なら、例えそれが魔力であろうと、ジーナが何かを犠牲にしなければならなかったという、その事実だけで恐縮しそうだからだ。
またいつものように、自分の学校の話や、舞子の話、耕太の話などを始めて、楽しそうに笑う美香の顔を見て、王子は本当に、心から優しい笑みを浮かべた。
しかし。
これからの戦いが苦しいものになるだろうことは明らかだった。王子はベッドの上で一人になると、強く唇を噛み締めてその事実に耐えた。美香が光の子供の力を失い、ジーナが魔力を失ったことは、今後、相当大きく響いてくるはずだ。耕太はジーナに剣を教わっているが、彼はどの程度役に立つのだろうか。少なくとも自分よりは有力だと思うと、王子はムッと美しい顔を歪ませた。
目的は舞子を救い出すというただそれだけのことだったが、舞子は現“子供のセカイ”の支配者なのだ。それに舞子には、強大な力を持つ覇王がついている。
僕に何ができるだろう。王子は沈痛な面持ちで考えた。弱い自分に嫌気がさす。自分が戦いに向かないことはわかっていた。だが、絶対に足手まといにはなりたくない。そんなことでは、何のためにここまで来たのかわからない。
つい先ほどまでこの部屋にいた、優しい少女の姿が、脳裏にちらついた。
その時、王子はふと、「自分にできること」を思いついた。
部屋には薄闇が立ち込めている。もうすぐホシゾラがやって来て、食事と灯りを用意してくれるだろう。
王子は自分の手のひらをじっと見つめた。
「僕は……怖くない。それしかできないんなら、せめて、最後の最後にあの子を――。」
闇の中で、王子は少しだけ泣いた。