えっ?…
そんな、まさか!
…この人が?
…だって、この人は…
大西麗子は石崎武志を見た。
彼はコクリとうなずいた。
信じられなかった。
だって、私はもっと…
なぁに、この人!
この人は私が車で水をひっかけた女じゃない。
営業部の隅っこで、電卓をカチャカチャたたいてた女じゃない。
田舎臭くってセンスのかけらもない、ずんぐりむっくりして、いかにもトロそうな。
なんでこんな女が、ここにいるのよ。
この女がそうなの?
そんな馬鹿な!
いくらなんだって、そんな事って…
「紹介しておくよ。
こちらは大西麗子さん」
大西麗子は射るような目で川島美千子を見た。
「彼女は川島美千子さん。
僕の大事な人だ」
川島美千子はペコリと頭を下げた。
「大事な人?
いったい、どういう意味?」
「言葉通りの意味だ」
「私よりも?」
石崎武志は彼女の問に答えなかった。
それが彼の答えだと、大西麗子には分かった。
だが、どうしても信じられない。
彼の口から直接聞くまでは。
二人は黙ったまま立っていた。
凍りついた沈黙の時を破ったのは、川島美千子だった。
「お食事の用意ができました」
気がつくと、テーブルの上に二人分の食事が用意されていた。
パンとスープ、そして皿には添え物の野菜と一緒に、ハンバーグが乗っている。
「おっ!ハンバーグか」
石崎武志はテーブルを見るなり、大西麗子の事などすっかり興味をなくしたようにテーブルに近づき、さっさと座ってしまった。
その彼の態度が、自分が彼にとっていかに存在価値のない女かを物語っていた。
「あの、よろしかったら大西さんもいかがですか?」
川島美千子が笑顔で言った。
「そうだ、麗子も食べて行けよ。
うまいぞ」
…食べて行け?
…それじゃ、食べたら、行けって事?
食べたら、帰れって事なの!
もう冷静を保つ事は出来なかった。
こんな女に…
なんで私が、こんな女に…
彼女はツカツカと石崎武志の座っているテーブルに近づくと、彼の前に置かれているハンバーグの皿に手をかけた。
「こんな、子供みたいな物、食べられる訳ないじゃない!」
そう言って、勢いよく皿を宙に跳ね上げた。
ハンバーグと皿は空中を舞い、ハンバーグはテーブルの上に落下し、皿は床に落ちて派手な音をたてて砕け散った。
そして、あたり一面に、ハンバーグのデミグラスソースが飛び散った。