その頃、オレは夏休みに入っても部活にはあまり顔を見せず、ボールを持ってはブラブラしていた。その日は、ちょうど友達の野瀬一仁の家を訪ねようとしていた。途中、広い庭のある家の前を通りかかった。
「あなた、野球するの?」
最初、オレは他人同士の会話かと思って通り過ぎようとしていた。
「待って!ボールを持ってる君に聞いてるんだけど…」
と言われて、ボールを持っているのが自分しかいないことに気付き、声のする方へ目を向けて見た。
すると、日陰のところで真っ白なワンピースを着た少女が一人椅子に腰掛けて、オレの方を見ていた。
「オレ?」
「そう、君のこと」
少女はニコッと微笑んだかと思うと、少し迷い、何かを思いついたようにこう言った。
「よかったらそのボール、触らせてくれない?」
「えっ、これ?」
オレは、その少女が何を考えているのかよくわからなかったが、触るだけなら…と思い、
「汚いけどいいか?」
と答えた。すると、青白かった少女の顔色が一瞬で変わり、
「入り口はこっち。」
と言って椅子から立ち上がり歩き出した。
すると、日陰から太陽の光が降り注ぐ日なたに出たと思ったら、ふっと眠くなったかのように庭の芝の上に倒れてしまった。
「お、おい、大丈夫かよ!」
オレは、とにかく中に入って少女を起こしてやろうと入口を探し、そこを飛び越えて、その子に駆け寄った。
「おい、大丈夫か?」
「んー、あっ、ごめんなさい。私ってドジだから、石につまづいてこけちゃった。」
「びっくりさせるなよ。」
と言いながら、辺りを見回したが石なんて一つも落ちていなかった。
「さわってもいい?」
オレは何も言わずボールを差し出した。その子のうれしそうな表情を見ていたら、
「よかったら、やるよ。」
と自然に言葉が出ていた。
「いいの?でも、大切な物なんでしょ?」
「家にまだあるし、学校に行けば毎日触れるし、やるよ。」
「ありがとう!」
オレは、その少女のうれしそうな顔を、忘れたくなくて、
「野球好きなのか?」
「うん、変でしょ?」
「今度、グローブ触らせてやるよ。」
と調子のいいことを口ばしっていた
「ホントに!」
「約束する。」
その少女は、さっきとは違う生き生きとした表情でボールを握りしめていた。