タクシーの車中から、流れる景色を見ながら、色々な事が頭の中を廻った。
淳と歩いた、大通り―\r
淳と入った、洋服店―\r
それら全てが目に入る度に現実から逃げたい気持ちになった。
私がこの何年かを、過ごして来られたのは、淳が居たからだった。中川と逢う毎に、荒み、傷付いた身体と心を癒してくれたのは、淳だった―\r
つい、一ヶ月前に、やっと初めて、私が汚れた事を淳に打ち明ける事が出来たのに―\r
何故、どうして―\r
現実を受け入れられ無かった。
タクシーは、恵比寿の駅から直ぐの、大学病院前でハザードランプを点滅させ、停車した。
「此処で良い?」
愛想の無い、運転手の男性の声で、私は、一気に、現実に引き戻された―\r
「はい・・・、此処で。」
私は、表示された料金を支払い、タクシーを降りた。
病院に入ると、正面に受付が有った。
「あの・・・。先程、救急車で搬送された、山上淳は?」
受付に立って居た女性は、淡々とこう言った。
「失礼ですが、御家族の方でいらっしゃいますか?」
「・・・、いえ・・・。家族では無いんですが、連絡が入ったもので。」
「そうですか・・・。」
受付の女性は、手元に有った、ファイルらしき物を捲りながら、続けた。
「ICUに、山上淳さんと言う方が、入られてますが、現在は、面会謝絶になっておりますので・・・。御家族以外の方は・・・。」
よくドラマ等で聞く、決まり文句を聞き、肩を落とし掛けた時、向こうから、聞いた事の有る声がした―\r
「香里さん・・・!!」
声を掛けてくれたのは、淳の彼女の七星だった。
「あっちゃんは?何処?」
私は、必死で七星の両肩を揺らした。
「あっちに、ICUが有って・・・、淳さんは、今そこに・・・。」
小走りに、ICUへ戻る、七星の後を私は必死に追った。
『面会謝絶』
ICUと表示された部屋の前には、札が掛っていた。
「香里ちゃん・・・?久し振りね。」
白い、病院の通路の床を伏し目がちに見詰めて居た私の耳に、聞いた事の有る女性の声が届いた。
「来てくれたの・・・?淳、喜ぶわ・・・。」
白い床から、見上げた先には、高校生の時以来、逢って居なかった、淳の母親が立って居た。
「おばさん・・・。あっちゃんは?あっちゃんは・・・?」
「ちょっと、良い?香里ちゃんに、話が有るの・・・。」
淳の母親は、私の肩に右手を乗せると、手招きし、少し離れた場所の固いソファーに腰掛ける様、促した。