それにしても、舞子はなぜ急に泣き出したのだろう。なぜあんなにも怯えた顔をしているのだろう。美香が近づくほど、舞子の声はますます大きく、ますますヒステリックになっていった。
美香は舞子の目の前に立った。小さな舞子を黙って見下ろす。舞子はTシャツのすそを、手が白くなるほどぎゅうっと強く握り締めていた。唇がぶるぶると震えている。大粒の涙が、ぼたぼたとあごの先を伝い落ちては石畳に染みを作った。
「舞子。」
美香はその名前をそっと口にした。震える手で、そっと舞子の髪に触れようとした。
その、瞬間。
ぱん。
舞子が美香の手を打ち払った。
美香は呆然として、涙の溜まった目で――憎しみのこもった目で美香を睨み上げる、舞子の鋭い目を見た。
「さわらないで。」
舞子ははっきりとした発音で言った。
頭が真っ白になった。舞子はくるりと踵を返すと、動けない美香の前から走り去っていった。
背中が遠く、小さくなっていく。おかっぱが首のところで跳ねている。美香は急に目眩を感じた。額を押さえてしゃがみこむと、誰かの手が肩に置かれた。
「あれは舞子じゃないよ。……舞子のドッペルゲンガーだ。」
優しく呟いた王子の言葉に、美香はぴくりと反応した。
「ドッペル、ゲンガー…?」
「ラディスパークにいるのは光の子供の想像物だけじゃない。光の子供の魂の分け身も住んでいるんだ。」
ジーナがそのさらに後ろから声を放った。
美香は必死に込み上げてくる嗚咽をこらえると、ゆっくりと立ち上がり、顔をうつむけたままジーナと王子を問いつめた。
「……どういうことなの?魂の分け身って何?あれは間違いなく舞子だったわ。私のために嘘をついてるなら、そんな気遣いは、」
「いや、違うよ。魂の分け身っていうのは、光の子供の心の一部のことだ。頻繁に“子供のセカイ”とつながっている光の子供の中には、“子供のセカイ”に触れていたいばかりに心を置き去りにする子がいるんだ。」
「とは言っても、実際にあれは光の子供の心そのものじゃない。心の一部を使って自然に形成された人格や外見があるだけだ。」
「ふうん。だからドッペルゲンガーなのか。」
王子、ジーナの順に説明がなされ、耕太がぽつりと感想を漏らした。
美香は胸が苦しくなった。舞子は魂の分け身を作るほど、“子供のセカイ”に夢中だったのだ……。