ベースボール・ラプソディ No.9

水無月密  2009-12-03投稿
閲覧数[582] 良い投票[0] 悪い投票[0]

 哲哉は驚きを隠せずにいた。
 八雲の投げた球は百三十キロ台の球速がある。
 それをコーナーいっぱいについているにも拘わらず、二年以上のブランクがある大澤は、たった二球で合わせてきた。
 この男の非凡さを、哲哉はあらためて痛感させられていた。

 カウントはツーナッシング。明らかに守り手が有利な情況であるが、守備についている者でそう感じている者は誰もいなかった。
 大澤が放出する目に見えぬプレッシャーを、皆が感じていたのだ。
 そしてもう一人、この勝負の枠からはずれたところで、このプレッシャーを感じている少年がいた。
「結城のいってた面白い見世物ってのは、これの事か」
 黒いジャージ姿の小柄な少年は、金網のフェンスに寄り掛かって勝負に見入っていた。
「にしてもあのバッター、素人の俺にもわかるプレッシャーを出すとは、ただ者じゃないな」
 そう呟くと、少年はマウンドに視線を移した。
「それを相手にして笑っていられるんだから、あの男もただ者じゃないな。…あれが真壁八雲か」
 確かに八雲は笑みをうかべていた。刮目して大澤を見るその表情は、明らかに勝負を楽しんでいるものだった。

 振りかぶる八雲は、今まさに目覚めようとしている臥龍に対峙し、体中の血が騒ぐのを感じていた。
 それを心地良く感じる八雲は、躍動感を増したフォームから力強い直球をはなち、大澤に挑んでいった。

 そのボールがホームベースにさしかかった時、大澤のバットが出遅れたのを確認した哲哉は、内心微笑んでいた。
 だがその直後、哲哉の心底を秋霜が覆いつくす。
 哲哉が勝利を意識した刹那、出遅れたはずのバットは、常識を無視したヘッドスピードで加速し、ボールを捕らた。
 真剣勝負に身をおく高揚感が、臥龍の覚醒を早めてしまったのだ。

 快音を残し、高々とレフト方向に舞い上がる打球。
 逆ドライブ回転のかかったその飛球は、真のスラッガーだけがなせる放物線を描きながら突き進んでいた。
「きれろっ!」
 両手を大きく左に掃いながら叫ぶ哲哉。さほど広くないグランドで、外野のフェンスを越えるのには十分な勢いであり、彼がそう叫びたくなるのも無理はなかった。

i-mobile
i-mobile

投票

良い投票 悪い投票

感想投稿



感想


「 水無月密 」さんの小説

もっと見る

スポーツの新着小説

もっと見る

[PR]


▲ページトップ