その見事な剣技に、南雲一蔵は刮目していた。
「お館様、御子息は天賦の才を見事に開花されましたな。
この分では残りの者達も、そう長くはもちますまい」
信玄は南雲を見た。
「おぬしでも、三郎は止められぬか?」
「三郎様は妙な闘気の使い方をされる。純粋な剣の勝負ではどうなるか、拙者にもわかりませぬ。
…ですが、あの優し過ぎる剣技では、命のやり取りはできますまい」
死闘であれば勝てると、南雲は踏んでいた。
だが、それには半次郎の命を絶たねばならず、信玄にたいしてその是非を、暗に問いかけていた。
それに答える信玄は、きっぱりと言い切る。
「もはや三郎は武田の障害でしかない、排除せよ」
信玄の命に、南雲は静かに頷いた。
残り三人の近衛兵と対峙する半次郎だが、もはや彼等は敵ではなかった。
実戦を重ねるたびに成長していく半次郎は、数刻前とは別人と思える程に戦闘力を上げていた。
そして彼は信玄に向け、ゆっくりとその歩みを進め始めた。
敵わぬと知りながら、それでも近衛兵達は立ち向かっていった。
それは匹夫の勇でもなければ、武士としての意地でもない。ただ純粋に、信玄を護りたかったのだ。
上杉軍にとって政虎がそうであるように、彼等にとって信玄は畏敬する存在であり、絶対に失うわけにいかぬ軍神なのである。
そして彼等は知っている。たとえここで命を落としたとしても、彼等の遺族は信玄が礼節をもって遇してくれる事を。
己を犠牲にして信玄を護ろうとするその姿に、半次郎はかつて自分を護るために死んでいった、後藤半次郎の姿を重ね見ていた。
半次郎や上杉軍に義があるように、武田側で戦う者にも義は存在するのである。
それは今から命を絶たねばならぬ、信玄も同じなのであろう。
だが、半次郎に歩みを止めることは、許されなかった。
止めればこの会戦で失われた多くの命が、無駄死になってしまうのだ。
信念を貫くために挑んでくる相手を、半次郎は自らを切り付ける思いで倒していった。
そして全ての近衛兵を倒した半次郎の前に、武田軍屈指の剣士が立ちはだかる。