僕は、てっちゃんの事を忘れたまま中学・高校を卒業し、社会人になった。
なんとなく就職し、普通に仕事をこなす毎日…そうやって数年が過ぎた。
ある時僕は、仕事で地元の福祉施設に行く機会があった。
そこは、成人した知的障害者の方達が生活している施設で、年齢層は二十歳から七十歳くらいまでと幅広い。
僕は、その施設の厨房での作業を終え、隣の座敷の部屋に向かった。そこは、利用者の方達が休憩をする部屋だった。
ドアを開けると、そこにてっちゃんはいた。
まっすぐな姿勢で机に向かい、何かの本を読んでいた。窓から差し込む光を背中で受けながら、ただひたすらに本を読んでいた。
僕は、なんともないフリをしながらその部屋で仕事を始めたが、頭の中ではずっとてっちゃんの事を考えていた。
昔の思い出が、頭の中をグルグルと駆け巡った。
体こそ大きくなったものの、てっちゃんはやっぱり「てっちゃん」だった。
相変わらず一生懸命で、相変わらず純粋で…力強かった。
てっちゃんの全身から溢れ出るオーラは、まさに小学生の頃のそれだった。
話かける勇気が無かった僕は、作業を終えて部屋を出た。
そんな感じで、十数年ぶりの2人だけの時間は、あっという間に終わった。
ドアを閉める時、涙が出そうになった…久しぶりに逢えた嬉しさや、変わる事のないてっちゃんの生き方に、改めて心を動かされたのだと思う。
てっちゃんは、確かに毎日毎日を力強く全力で生き抜いていた。
後で、施設の職員の方に聞いた話では、てっちゃんの父親は数年前に亡くなり、今は母親と一緒に暮らしているそうだ。
その日の夜は、なかなか眠れなかった。
いろんな気持ちが湧き上がってきていた。
思えば、大人になるにつれて無くしたものや、失ってきた感性が沢山ある。
でも、間違いなくてっちゃんはそれを今も持ち続けていた。
僕は、思った…「今よりもう少しだけ、毎日を一生懸命に生きたい」
そう思った。
そう感じたんだ。