男は帰宅して、マンションの鍵を締め、冷蔵庫の上段を開け、熱帯魚用の餌を取り出して水槽に三回放り投げた。
餌に魚が群がった。
その中でも一番小さな魚は、餌を食らう大きな魚に外へ追いやられ、なかなか餌にありつけずにいた。
男は煩わしそうに餌をもう一回投げ入れたが、また大きな魚に全て食べられてしまった。
男は何も言わずに、餌を冷蔵庫に閉まい、そのまま洗面所へと向かった。
崖の下には大海が広がっていて、その潮風を受けた顔は粘り気があり、どうも気に入らなかった。
洗面台で、顔を二、三度水でゆすいで、小さいタオルで拭き取る。ふと、目の前の壁に掛かった鏡に映る自分の顔が目に入った。
男は二十台であったが、顔中に散らばった無精髭は、男を一層老けさせていた。
一重瞼に薄い唇、顎に蓄えた髭。
華奢な体型で、頭部とほぼ平行である撫で肩と丸みを帯びた背中は際立っている。
なんとも薄幸な容姿である。
男は、鏡の前で簡単に髭を剃り、もう一度顔をゆすいで、リビングの中央にあるソファーに仰向けで寝転がった。
そして、男は一ヵ月前のあの出来事を思い出した。