何億人もが踏み荒らした道に、私は座り込んだ。
ただ風を待っていた。
そうしたら少し動き出せそうで。
気まぐれに風を待ってみた。
風はやって来たが動く気はしなかった。
ただ頬を撫ぜるやわらかな感触にほぅっと息をついた。
世界は白く見えた。
まっさらで、何もない大地。
水晶のような光沢を放つ空。
海さえも真白く、静かで。
穏やかな退廃はこうして始まるのだろう。
衰えてゆくこの肉体も、抱きかかえてしまえば驚くほど愛しく思えた。
――彼は。
ふと思い出す懐かしい少年の姿。
彼も静かな人だった。
というより、極端な恥ずかしがりやだった。
ちょうどこの、色のない景色と同じように。
何事にも興味がない振りをして。
でも笑う顔は、やたら無邪気であったような覚えがある。
彼はもういない。
いなくなってしまった。
鮮やかなのはこの記憶だけで。
現実に繋がるはずの確かな道程は、中途半端な位置でふつりと途絶えた。
――閉ざすこともなかったろうに。
私の溜め息は一つの風となって空気を渡る。
先を急がなくたって、いつかは皆、終わりが来るのだから。
私はそこで、「悲しみ」と「愛」が似ていることに気がつく。
どちらもたおやかで、切なくて。
透きとおった光のように綺麗で。
人間が生きるのに必要なものなんだろう。
きっと避けては通れないんだろう。
……死ぬときにも。
むせかえるくらいに溢れて、空間を包む。
私は祈るような気持ちで天を見上げた。
雨が降ればいい、と。
そうすればこの長々しい物思いから覚めることができるだろうし、きっと私の心の傷口からこぼれる赤いものも洗い流してくれるから。
雨が降ればいい。
私はゆっくり目を閉じ、世界はフェードアウトしていった……。