僕は女にマスクをつけ、トランクから降ろし、眼を覚まさせないように抱えるようにして部屋まで運んだ。
幸い、女は起きる気配がない。
女を部屋の中央に存在を主張するかのように置かれたベッドに乱暴に寝かせた。
軽い寝返りを打つだけで、やはり幸せそうに眠ったままだ。
女の髪や服から、香水と煙草の匂いが混ざったような、よくわからない匂いがした。
とりあえずガムテープを剥がそう、そう思い、女の口元に手を伸ばした時だった。彼女は突然その暗く、深い目をぱっちりと開けた。僕と女は拳一つ分の距離で見つめ合う。
その視線に堪えられずに、ガムテープを一気に剥がした。
女は、痛かったのだろう。軽く眉間に皺を寄せた。だが、心配していたように叫び声をあげたりはしなかった。
どう好意的にみても僕がしていることは誘拐以外の何物でもなかったが。
女は先程より酔いが醒めたのか、しっかりとした目で部屋を見渡した。
状況を理解したのか、してないのか僕には判断のつけようがないが、また僕の方に視線を戻した。
それから逃げるように、僕は煙草に火を点ける。
「買われたの?」
女は突然口を開いた。
意味が理解出来ずに黙ったままでいると、更に続けた。
「私、あなたに買われた?もう終わりの時間だけど。」
「覚えてないの?」
僕はこの部屋に入って初めて声を発した。
「ごめんなさい、酔っ払ってて。えーっと……お店で?」
女は乱れた髪をかきあげながら、必死で記憶を手繰り寄せているようだ。
覚えてないのならそれに超したことはない。僕は女の話に合わせようと決めた。