―尚人のお友達、久瀬美帆子さま
突然のお手紙お許しください。私は尚人の母です。
尚人は、東京にいたときも、こちらに越してきたときも、貴方の話ばかりしていました。嬉しそうでした。本のことについて語るときと同じ目をしていました。
尚人が、貴方に毎月手紙を書いて送っていること、実は最近知ったんです。だから、こんなにも知らせるのが遅くなってしまいました。申し訳ありません。
手紙を書いた理由は他でもありません。
尚人は、今年の三月に亡くなりました。
塾の帰り道、バイクと正面衝突して、打ち所が悪かった尚人は二度と目を開けてはくれませんでした。
尚人の葬式も終わり、部屋の遺留品を整理していたときに、貴方への手紙と、あの子が書いた小説を見つけました。
どうか一度、こちらへいらして下さいませんか?尚人に、挨拶してやってくださいませんか?尚人の手紙と小説を、読んでやってくださいませんか?
いつでも構いません。いつまでも待っています。私も尚人の父も、尚人が大切にしていた貴方を、心からお迎えいたします。
尚人の母、佐久間薫より―\r
「……」
信じられなかった。
こんなことってほんとにあるの?
こんなの、小説の中だけじゃないの?
堂々めぐりの自問自答。
答えてくれる人なんて誰もいないのに。
(尚兄が、死んだ)
現実味がない。
…だって見てないもん。
涙すら流れない。
…何も考えられない。
考えることは出来ないけど、尚兄の顔も、声も、鮮明に思い出せてる。
けど、それすらももう、この世にはないんだ。
ようやく頭が回りだした。
靄に隠れてすぐにはわからなかった、けど、今確かにわかること…
「…尚兄に、何も言えてないじゃん」
忘れてないよも、
今でも大好きだよも、
何一つ尚兄に言えなかったんだ、私。
涙が頬を、静かに伝っていた。図書館の静けさに溶け込むように…。