ここ数年に始まったことではないけれど、悪いニュースが多い。
特に「犯罪」のニュース。
僕らが子供の頃には考えられなかったような事件が、もはや日常的に起きている現在。
犯罪の数も種類も、昔とはかなり異なるような気がする。
中でも一番の変化は、「犯罪に至る動機」だと感じる。
信じられないような動機で、簡単に物や人の命を奪う…
数ヶ月前にニュースで、通行人に次々と斬りつけて数人を殺傷した男性のニュースが流れていた。
その男性は、裁判で「死刑になりたくてやった」と述べた。
「なんじゃその動機は!」と、一瞬怒りを感じた。そして、「この人は普通じゃないな」「絶対に理解不能」と、僕は思った。
だが、ジックリ思い巡らしているうちに、その考えが少し変わっていった。
なので、以下はその事について書こうと思います。
さっきも書いたように、事件を起こした男性は「死刑になりたくてやった」と言った。
そこで僕は「死にたいのなら、自分1人で死ねばいいのに」と思った。
実際、死にたいと思えば自分で命絶つ方法はいくらでもあるわけだ。
何も沢山の人を殺して、わざわざ裁判で死刑にならなくてもいいのだ。
でも、この男性は無差別に大勢の命を奪うという行動に出た。
つまり、この男性は「ただ単に、死にたかった」という訳ではないようだ。勿論、自分で命を絶つ勇気がなかったというのもあるかも知れない。
僕には、この男性がどんな環境で育って、どんな人格を形成していて、どんな気持ちで生きてきたのかはわからない。
でも、この男性が「生きる事に望みがなくなり」「死ぬ事を望むようになった」事は明らかだ。
いわゆる、自暴自棄。
もしかしたら、社会や人と上手く馴染めなくて、居場所がなかったのかも知れない。
やることなすこと、うまくいかなくて、疲れきっていたのかも。
世間からつまはじきにされているかのように、自分が完全に孤立しているかのように感じていたのかも。
生きがいと言える事や、大切にしたい人がみつからず、感謝される事や必要とされ理解される事がなく、自分の存在自体を認めにくい状況に追い込まれていたのかも。
とにかく、この男性は「自分も他の人もどうなろうと構わない」っていうなげやりな気持ちになったのだろう。