下町の一角はパニックに陥っていた。ハントは、「全員逃がすな!そこに隠れてる奴らもだ!」と喚きながら、監査員奪取の手伝いをすべく、最初に猫の方へと向かった。
美香と耕太は未だに透明なままの姿だった。耕太が我慢強く想像の力を維持しているらしい。美香は沸き上がってくる緊張と興奮を抑えるために、深く息を吐き出した。この好機を逃してはいけない。王子とジーナが捨て身で助けてくれたのに、ここで美香たちが捕まったら元も子もなかった。
美香は素早く、がら空きになった方の道を見渡した。直進すれば暴れる猫と治安部隊の一団にぶつかるが、王子のように横に走り込める小さな抜け道ならいくつかあった。
「奴らを囲むぞ。」
道の反対側に立っていた六人の治安部隊の内の一人が呟き、五人は頷いた。彼らは直ぐ様地面を蹴って飛び上がると、美香たちがいる辺りを囲もうとした――が、地面に足をついた途端、六人とも、ねっとりとした濁った沼のようなものに足を捕らわれ、引きずられるようにして地面に下半身が沈んでしまった。
「何だこりゃあ!?」
頓狂な声を上げた若者から耕太に視線を移すと、耕太はこちらを見ることなく、驚く美香の手を引いて大股で歩き始めた。
二人の足音は消えていた。きっと若者たちの着地地点を沼に変えると同時に、足音も消したのだ。それにしても妙だった。いつもは目線を合わせてくれるはずの耕太は、真っ直ぐ前を見つめたまま、ぴくりとも頭を動かさない。美香は不自然に思って耕太の顔を覗き込んだ。そしてハッとなった。耕太は歯を食い縛り、何かに耐えるような苦々しい表情をしていた。
(耕太はもう何回力を使ったの……!?)
数えていなかった美香は、焦りながら記憶を掘り起こした。いや、まだ四回目のはずだ、という結論に達するが、耕太はすでに消耗している。猫のせいだ、と美香は気づいた。猫が消えないようにできる?と聞いたあの時に頷いた耕太は、しばらく猫を持続するだけの力を一気に使ってしまったに違いない。
しかしこの状況で声を上げることもできず、美香は黙って耕太に従って歩いた。二人は地面から抜け出そうともがいている若者たちの間を通り抜け、そのまま抜け道の一つへと進んでいった。その間も、血液の循環が止まるのではないかと思うほど強く掴まれた美香の手は、決して離されることはなかった。