美香と耕太は走ることもなく、右側、つまりコルニア城があるという東側の民家の間の細道に、そっと足を踏み入れた。
美香は恐怖に体が強張っていた。本当は走った方がいいことはわかっているのだが、耕太は歩くのに精一杯の様子だ。声を掛けたいが、声は透明になっていないはずだから、治安部隊から距離を置いた後でないとそれもできない。
「……。!」
耕太がふらりと倒れそうになり、美香は慌ててつないだ手を両手で掴んだ。
耕太はなんとか次に出した足で踏ん張ったが、その目は半分閉じ、意識が朦朧としている様だった。さっきあれほど強く掴んでいた手も、今はだらりと力なく美香に握られている。美香は無言で耕太に肩を貸した。耕太は微かに頷くと、美香の肩に腕を回して体重を預けた。
二人はそうして、しばらく寄り添うようにして進んで行った。なるべく角を多く曲がり、直進を避ける。治安部隊が追いついてきても、すぐには見つからないようにしなければならない。
二人が歩いている間、ラディスパークの住人に一人も会わなかったことは、強運としか言いようがなかった。単純に、この辺の地域ではまだ未完成の家が多いだけかもしれないが。お陰で美香たちは体が透明とはいえ、肝を冷やすような思いをしなくて済んだし、ついには背後で聞こえていた喧騒も遠ざかり、まったく聞こえなくなった。
「……、耕太。」
美香は掠れた声で囁いた。耕太は答えなかった。
美香はしっかりと耕太を支えながら呟いた。
「耕太、ごめんね。……ありがとう。」
「…………………疲れた。」
ようやく聞けた言葉は、とても耕太らしいもので、こんな状況だというのに思わず美香は笑ってしまった。
「どこかの家に隠れましょう。『可愛らしい』感じのおうちを探さなきゃ。」
そのセリフに、ジーナのことを思い出したのだろうか。耕太の唇にもまた、わずかな笑みが浮かんだ。
美香はキョロキョロと周囲を見渡した。様々な形の家が建ち並び、不思議な景観を成している。和風の家や洋風の家、よくわからない複雑な構造になっているものや、塔のように細長い家など、種類も豊富だった。
美香はふと考えた。
(子供は日本だけじゃなくて、世界中にいるんだわ。当たり前のことだけど。だからこんなにもいろんな想像があるのね。みんな持っている文化は違うから……。)