美香はふと部屋の隅の闇に目を凝らし、眉をひそめた。そこだけ妙に闇が濃いのだ。まるで夜の中にうずくまった山のように、こんもりとした暗闇が、じっとその成りを潜めている。
美香はあることに気づいて、背筋がすっと冷たくなった。「それ」は、動いていた。すぅーと息を吸うと体が盛り上がり、ふーと息を吐くと沈む。その大きさは山と形容したように、とても尋常ではない大きさだった。
「……ソファーだ、ラッキー。」
一方、耕太は巨大な怪物の姿に気づいていない様子で、部屋の中央にぽつんと置かれている三人がけのソファーに嬉々として近づいていった。黒い塊がぴくりと動く。じゃらじゃらと鎖の鳴る音が虚ろに響き、黒い山のような怪物はむくりと身を起こした。
「……!!」
美香は声が出せず、ただ呆然とそいつを見ていた。そいつは人の形をしていた。暗くてよくはわからないが、太い手足を持った巨人だというのはシルエットでわかった。その手足が鎖で床に繋がれているということも。
美香はソファーに走り寄ると、すでに寝そべって瞼を閉じている耕太の肩を強く揺さぶった。
「何だよ、美……」
香、と言いながら目を開けた耕太が見たものは、すでに天井に頭を擦りつけながら立ち上がった、恐ろしく巨大な人間の姿だった。
「……い、あ……!」
美香は耕太を守るようにソファーの前に立った。逃げるにはすでに遅すぎたからだった。
巨人は足を振り上げると、ドシン、と一歩前に進んだ。その衝撃で床に積もった埃がいっせいに宙を舞い、館中のガラスというガラスがガタガタとわなないた。ソファーが一瞬、宙に浮き、耕太は慌ててしがみついた。
美香は必死に頭を働かせようとしていた。あらゆる可能性を考慮する。美香は想像ができなくなったために、己の思考能力に任せた考え方をするよう心がけるようになっていた。
まず、この巨人が想像物としてどの程度完成したものなのかを考える。家の外観は美しかったが、中はよく見れば荒れ果てていた。ホールだと思ったのは普通の部屋で、しかもこの館にあるのはこの一室だけのようだ。巨人の大きさと洋館の大きさが一致することから、そう推測することができた。
(ということは、この家は張りぼてのようなものだわ。見た目ばっかりで中身がない……。)
この巨人も、ひょっとしたら見かけ倒しかもしれない。