その日の放課後、哲哉から練習内容をきく大澤は、納得して頷いていた。
「なるほどな、まずは守備固めからか」
「ええ、夏の予選まで日がないですからね、全部は無理なんで、とにかくそれをしておかないと」
「守備がしっかりしていれば、とりあえずは試合になるからな。
だが、点が取れなければ勝つことはできないぞ」
「だから大澤さんが必要だったんですよ」
ニッコリ笑う哲哉は、そういって大澤にバットを手渡した。
「地区予選が始まるまでの間、大澤さんには時間の許すかぎりバットを振ってもらいます」
「……そういう事か」
小気味よい笑みをうかべてバットを受け取ると、大澤はグランドを見回した。
「…真壁はどうした?」
今朝と同様、八雲がいない事に気付く大澤。
どうしてもそこに意識がいってしまう大澤に、哲哉は笑みをもらした。
「気になりますか、八雲の事が?」
「俺を巻き込んだ張本人がいなければ、気になって当然だ」
不機嫌に言い放った大澤に、哲哉は可笑しさを噛み潰してこたえた。
「あいつも基礎ができてないですからね、とにかく走り回ってますよ。
とりあえず大澤さんにはノックをお願いしたいんですが、いいですか?」
大澤はああと短くこたえて、バッターに向かった。
しばらくすると、ふらふらになった八雲が姿をあらわした。
大澤がノックする手を休めて視線をむけていると、その八雲に見知らぬ男が近付いて短く言葉を交わし、突然コブラツイストをかけだした。
「……あれは何だ?」
八雲のけたたましい叫び声が轟く中、ア然とする大澤が哲哉に問いかけた。
「あれはうちのエースの真壁君と、プロレス同好会の三鷹君ですよ」
当たり前のようにこたえた哲哉に、むっとする大澤。
「何をしているのかと、聞いている」
「ああそうか、大澤さんは始めて目にするんでしたね。
あれはピッチングに必要な捻りをえるための、まぁストレッチの一環ですね」
あらためて八雲に視線をむけると、大澤は深いため息をついた。
「もっと増しなのは思いつかなかったのか?」
「本人は気に入ってるみたいだから、いいんじゃないですか。
それと、思いついたのは自分じゃなくて八雲ですから」
哲哉が迷惑そうに言い返すと、大澤はあらためてため息をついた。