新月

 2005-12-07投稿
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私には悪い癖がある。彼と二人で話しをしていると、「嘘でいいから結婚しようって言って」とせがむのだ。別にその人と本気で結婚したいわけじゃない。ただ、そう言って抱きしめてもらえば、もうこのまま死んだっていいと思うほどに頭の中が空っぽにできるからだ。後ろ向きに抱き合しめられて、首筋に向かう唇を止めてまたその言葉を言わせる。
「結婚しよう」
「まだ足りない」
「結婚しよう」
「まだ…もっと言って」
「結婚しよう」
「…」
「なんでだよ。」
何も言わずに泣きながら無理やり体を離すと、困惑して覗き込む彼の顔が見える。突き離した自分の腕を見ながら、こんなことを言わせる自分に嫌気がさす。
「淋しい。」
「…」
「嬉しい言葉のはずなのに息が苦しい。」
泣きながら絞り出した言葉に、彼はため息をついて言った。「当たり前だろ。気持ちがないプロポーズなんて聞いても淋しいだけだぞ?なんでわざわざ…。」
泣いて黙る私に、彼は一息ついて、さっきよりもそっと腕を回して抱き寄せた。「あのなぁ、言ってほしいことはちゃんと言わなきゃわからないぞ?」
「あいしてる」
「違う」
「だいすき」
「それも違う」
言われたい言葉はそれだと思ったのに、なんで違うんだろう。私にはもう見つからなくなってしまった。
「まったく…」
彼は一瞬呆れた顔をしてから急に真顔に戻り、回す腕に力を込めて耳元でこう言った。
「大丈夫。」
「…」
「淋しくなったらすぐ来るから。何かあったら一番に飛んでいくから。ちゃんとお前を見てるから。」
「…」
「独りにしないから」

私は胸の苦しさがますます強くなっていくのを感じた。まだ淋しさはあるけれど、まだ不安ではあるけれど、でもあなたが「大丈夫」って言ってくれるだけで、私の涙は救われる。


新月は光を放たない。暗い空、やがて冷たい雨。あなたの顔も見れない。だけど「大丈夫」。見えなくても、私の居場所は、ここにある。

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