美香はしばらく動けなかったが、だんだん落ち着いてきたため、そろそろと手を下ろした。
ふぅ、と息を吐き、身を起こす。しかし変な体勢で寝ていたせいか、身体中の筋肉が強ばっていて痛かった。
「うー…、」
微かに唸りながら身体の筋を伸ばしていると、ふと誰かの視線を感じ、目を上げた。
美香はそのまま凍りついた。
真っ黒な衣装に身を包んだ女が、闇の中にひっそりと佇み、ぼんやりした赤い瞳で美香を見つめていた。
いつからそこにいたのだろう。美香は自分がまるでその存在に気づいていなかったことに驚愕し、そして戦慄した。女は長い黒髪を高い所で一つに結わえ、鼻と口を黒い布で覆っていた。服はまるで忍者のそれで、着物スタイルの動きやすそうな軽装だった。
女は一言も声を発することなく、また眉一つに動かさずに、じっと美香を凝視している。その腰に下がった剣、また左手に握られている抜き身の小刀に気づいて、美香は鳥肌が立った。
赤い瞳から目が離せない。二人は緊迫した空気の中、張り詰めた糸を切るまいとするように、互いに相手の出方をうかがっていた。あるいは緊張しているのは美香だけだろうか。美香が背中にびっしょりと汗をかいているのに比べ、女はきょとりとした瞳で、人形のように無表情だった。美香は左手を伸ばし、手探りで耕太の頭を触った。そのまま頬を滑って首に手を走らせ、脈を確かめる。大丈夫だ、まだ生きている……。
「耕太!」
女に目を据えたまま美香は叫んで、そのまま力一杯耕太の頬を張った。バチン、と大きな音が響いて、静寂を切り裂く。その音を合図に、女は素早く、音を立てない足さばきで美香に肉薄し、その首元を狙って容赦なく小刀を突き入れた。
「っ!」
間一髪のところで首を捻ったお陰で、美香は死なずにすんだ。しかし刃は首の代わりに耳を掠め、耳たぶにカッと熱い痛みが走り、小さく血の飛沫が飛ぶ。
返す刀で再び美香の首を狙った女の小刀は、しかし固い何かが下からぶつかることによって上へと軌道を逸らされた。
さらに右側から迫ってくる長剣の残光に、女は直感だけで反応し、床を蹴って後退した。しかし驚いた様子もなく、すぐに体勢を立て直してゆらりと闇の中に立つ。
「っ…耕太…!」
耕太は美香を守るようにその前に立ちはだかっていた。両手にはそれぞれ長さの違う長剣が一本ずつ握られている。