大学の入学式当日、仕事の休暇をとった父と母は、昨日から新潟に旅行へ出掛けていて、自宅には僕一人だけである。
二人が温泉に入って、春日山城跡でおてて合わせて謙信像に拝んでいる折、僕は入学前に慌てて新調した背広に袖を通すため、鏡の前にいた。
ワイシャツの上まで釦(ぼたん)をしっかりと止め、首回りに襟が擦れてむず痒(がゆ)いのを我慢して、ネクタイをワイシャツの襟に当てる。
大学の入学式に不恰好な服装で臨む訳にも行かず、父から貰った何の施しもない褐色のネクタイをきつくキュッ、キュッと締めて、ワイシャツの上からスーツを通し、仕上げに鏡で何度も調節した。。
スーツは上下共に、薄い白のラインが縦に施してあり、足元はタイトに締まっている。
僕は、へそ辺りにある二つしかない釦の内、上だけ止めて、そのまま玄関へ向かい、右脇に置いておいた手さげ鞄を右手で持ち、靴べらで革靴を整え、玄関の鍵を締め、徒歩で近くの駅へと向かった。