庭の桜の木に、枝がしなる程たわわに花が咲いている。
花弁が穏やかな風に乗って、幾つも私のいる縁側に降り注いだ。
私の横で、8つになる息子が眠っていた。
花弁がひらひらと子供の髪や肌に降りかかる。
私は、あおむけに眠った子供の喉をみていると、それが死んだ女の肌とよく似ていると感じた。
子供の生白くて細い首をおもむろに片手でつかみ軽く力を入れてみる。
冷たいかと思われた子供の肌は存外に温かい。
私の知る女の肌は随分と冷ややかなものだった。だが情は深い女だった。女は月の綺麗な晩に、私を置いて静かに死んだ。
子供の首はとても細く片手でも簡単にくびり殺せそうだ。
こいつも女のように呆気なく壊れてしまうのだろうか?
死んだ子供は私に何かしらの感慨を与えてくれるだろうか?
女は私に、消えることのない面影と、味わったことのない絶望的な、だが甘い孤独を与えていった。
そして私の業に対する罰のようなこの子供を遺していった。
子供は女に似たところはひとつもなかった。むしろうんざりするほど私によく似ていた。
私に似ている子供を見る度に私は自らの愚かさを見せつけられるような気分になった。
子供の暗愚さはかつての私の暗愚さであり、子供を嫌うことは自分を嫌うことであった。
そんな私の心がわかるかのように、子供は私に懐かず、暗い瞳で私を責めるように見るのであった。
そして今女によく似た肌を子供に見つけ、私は嫉妬したのだ。
女の白い肌や艶やかな黒髪や赤い唇はみな自分にとって計しがたい憧憬であった。
それらは私の記憶の中に永遠となったが、私はその実物のどれも持っていくことはできない。
どうしてこんなものに、女の肌は宿ったのだろうか?
どうして私は女と共にいかなかったのであろうか?
どうして女はこんなにも私を苦しめるものを遺していったのだろうか?
全て壊してしまいたい衝動にかられた。
くびりころしてみようか?
いよいよ首をつかむ力は強くなる。
子供が薄く目を開いた。
目が合った。私によく似た目だ。
お父さん。
子供が声を出さずに言った。
そしてふっ、と嗤った。
私はぞっとして手を離した。
その不快感は38年後に私が息子に看取られて死ぬ、1953年4月7日まで続いた。