大学時代に奨学金目当てで徴兵登録していたせいで戦争に行かされることになった。
ぼくが戦地に送られる少し前に、恋人のエーリカが泣きながら自分のストッキングをくれた。
お守りだそうだ。
やれやれ。
ぼくは戦役の間いつもそれをベルトの脇に結んでた。
そのおかげかわからないけど、ぼくは一度も地雷やトラップを踏まなかったし、大きな怪我もしなかった。
狙撃もぼくじゃなくてすぐ隣にいたいけ好かないグレッグに当たったしね。
誰かの葬儀があるたび、国旗に包まれた棺やら泥まみれの遺体やらを見てぼくは心の中でつぶやいた。
さらば、ストッキングの無い男たちよ。安らかに眠れ。
ぼくは兵舎で寝るときも泥の中で寝るときも考えた。
エーリカは今何をしてるかな?
ほかの男にストッキングを渡していないかな?
そうだ!次に補給がきたらぼくも何か彼女に贈ろう。ソックスとか、現地人が売ってるアクセサリーなんかをお守りとか何とかいって。
まあ、そう思っても翌日にはすっかり忘れてしまってたんだけど。
やがてぼくは大した怪我も心的傷害もなく戦役を終えた。
ありがとうエーリカ、君の愛とストッキングのおかげだ、たぶん。
国に帰る日、ぼくらといれかわりに派兵されてきた奴らがやってきた。 輸送用ヘリから荷を下ろしてる奴の中に、首にストッキングを巻いてるデカい男がいた。
ぼくは思わず話しかけた。
「ねえ、君。」
「何だ?」
「まさかとは思うけど、君の恋人ってエーリカっていわない?」
「何で知ってる?」
やれやれ。
まあそんな気はしてたさ。
ぼくはその夜、帰国する船のデッキでストッキングをグレッグの形見分けにもらったライターで燃やした。
なかなか火がつかなかったけどやがてチリチリと燃え始めた。
ぼろぼろの上に泥やら汗やら血やらが染みついたそれは、ひどくいやな臭いをだして燃え、風に乗って暗い夜の海に消えていった。
さようなら、マラリアだらけのジャングル。
さようなら、ストッキングを持たない男たち。
さようなら、エーリカ。
さようなら、ぼくをたぶん守ってくれていたストッキング。
ぼくは久しぶりにすこし悲しい気分になった。
まあ、そう思っても明日にはすっかり忘れてしまってるんだろうけど。
待つ人のいない故郷へと、船は静かに進路を取った。