ノアは静かに右足を踏み出すと、その着地と同時に一瞬で半次郎との距離をつめた。
驚く半次郎だったが、それよりも先に彼の身体がノアの攻撃に反応していた。
挨拶がわりの一撃を反射的に刀で受け止めると、半次郎は後に飛びのいて距離をとった。
そして僅かに視線をおとした彼は、刀を見て驚愕する。
南雲の猛攻を刃零れ一つせずにしのいだ刃先が、軽く振り下ろされたノアの一撃で欠けていたのだ。
「何を驚いている。その程度の実力で、ワタシに教えを請う気か?」
距離をとったはずのノアが眼前にあらわれ、再び剣を振り下ろした。
身体を半身にひらいて攻撃をかわした半次郎は、接近戦を嫌って再び距離をとる。
だが、その距離も瞬く間につめられ、ノアの繰り出す無数の斬撃が彼に襲い掛かった。
ノアの間合いから、必死に逃れようとする半次郎。
だが、彼女の足運びの技術には遠く及ばず、気付けば岩肌の壁を背にし、逃げ場のない情況へと追い込まれていた。
ノアの一挙手一投足は、半次郎の想像を超えていた。
彼女の動作に一切の無駄はなく、最小限の動きで最大限の効果を生み出していた。
その破壊力は政虎や南雲を上回り、早さにおいては両者を凌駕していた。
防戦一方の半次郎ではあったが、その身に斬撃をうけることはなく、紙一重のところでかわし続けていた。
彼がもって生まれた動態視力と反射神経には目を見張るものがあり、これだけの攻撃をかわし続ける芸当は、実力で勝るノアですら難しいだろう。
だがノアは、その半次郎に失望していた。
初太刀を受け止めて以降、彼は一度として刀で防ごうとはせず、身体一つでかわし続けていた。
この期に及んで刀が折れることを恐れ、使用できずにいたのだ。
半次郎はノアが仕掛けた心理戦に、見事にはまっていた。
彼女は始めに刀が折れると口にすることでそれを意識させ、初太刀でそれが可能であることを証明してみせた。
そうすることで刀を犠牲にするだけの覚悟があるかを確かめたのだが、半次郎はそれに落第してしまった。