「本来なら俺達は試合もできず、野球部の歴史とともに高校生活を終える筈だった。
そこにあの二人がやってきて、俺達に野球への情熱を思い出させてくれた。だから皆で決めたんだ、この部のために何か残そうと。
一つでも多く勝ち抜いて、少しでも多くの人の目につけば、お前達の才能に惹かれてここにやってくる奴がいるかもしれないからな」
言葉を失い、立ちすくむ大澤。
何のことはない。
彼が欲してやまなかったものは、このグランドに全て揃っていたのだ。
「……自分にノックをやらせて貰えませんか。
自分も、バットを振ることでしかチームに貢献できないから」
深々と頭を下げる大澤に、織田が優しく微笑んだ。
「大澤のノックは打球が速くていい練習なるからな、助かるよ」
暖かく受け入れてくれた先輩達に、大澤は胸が熱くなるのを感じていた。
本格的に動き始めた橘華野球部。
その練習に誰よりも没頭していたのは、大澤だった。
ただバットを降り続けるだけの日々であったが、あるべき場所に戻った大澤には、ただそれだけの事が嬉しかった。
そして入部してから一週間が経過する頃には、その一挙一動はブランクを払拭したかのような動きを見せ、周囲を驚かせていた。
そしてもう一人、卓越した運動神経で皆を驚かせる存在があった。
小早川である。
センターの守備を任された彼は、その脚力をいかした守備範囲の広さをアピールし、返球においても予想外な肩の強さを披露していた。
だがその反面、走塁においては期待程の働きができずにいた。
「あれこれ口で説明するのも面倒だから、実際にオレと走ってみっか。
抜けるようならいつでも抜いていいぜ」
レクチャーを任された八雲が茶化すと、小早川が不敵に微笑んだ。
「随分と自信ありげだな、八雲。俺に走りで勝つつもりか」
「百M走と走塁の違いを教えてやるよ」
ニッと笑い合った二人は、スタート地点にたった。