その様子を見守っていた大澤は、不安げに哲哉を見た。
「お前が教えてやった方が良くないか?
あの能天気な性格が、コーチにむいているとは思えないぞ」
「大丈夫ですよ、あいつは教えるの結構上手ですから。
それに、走塁技術は自分より八雲の方が上ですからね」
笑顔の哲哉がそうこたえると、それを合図にしたかのように二人はスタートをきった。
やや遅れて走りだした小早川は前を行く八雲を猛追し、一塁ベースを目前にしてその背中を捕らえた。
だが、ベースを回り終えた時点で先行していたのは八雲であり、その差はより開いていた。
当惑を隠せない小早川。もう少しで追い抜けるところだっただけに、その反応は無理もない。
だが、結局その差は縮まらず、八雲の楽勝で勝負を終えた。
「何か得るものはあったか?」
ニッコリ笑う八雲に、小早川は笑顔で頷いた。
「ああ、コーナーリングの重要性が身に染みたよ。
俺は塁を回る度に大きく膨らむけど、八雲は最短距離で塁を回ってる。塁を回る時の進入角度や、ベースを蹴って方向転換する技術はさすがだよ」
たった一度のベースランニングでそれに気付いた小早川に、八雲は感心して頷いた。
たが、問題点は別にもある事を八雲は見抜いていた。
「いい着眼点だと誉めてやりたいが、それだけじゃオレには勝てないな。
…しゅう、お前スタートダッシュが苦手だろ」
ギクリとする小早川。
彼は後半で勝負するタイプのスプリンターであり、八雲の指摘通りにスタートダッシュは得手としていなかった。
そして、それは記録が伸び悩んでいる大きな要因でもあった。
「百M走ならゴール手前での追い上げも可能だろうけど、野球じゃそうはいかない。
たいていの球技は、加速よりも瞬発力を必要とするんだ。特に盗塁っていうのは塁間が27・43Mしかないから、スタートしてからいかに早くトップスピードにもっていけるかで成否が決まるんだよ」
小早川自身もスタート時の弱さを自覚していたが、それを補って余りある驚異の加速力があったために気にはしていなかった。
だが、今それが致命的な問題として指摘されると、さすがにショックを隠せずにいた。