『ウィーンで俺は妖精を見た。』
そう言って誰が信じるのだろう。
比喩表現なんかではない。文字通り本物の妖精を見たのだという。
しかし、結局は三流ゴシップ誌の記者、それもガセで有名な
小早川 秋一(シュウイチ)
のネームバリューがあれば誰もが信じないこと請け合いである。
いつものように妄言として、少数派の娯楽として扱われるのがオチだった。
それが真実であるという問題を除けば…。
秋一は、いつものように公園のベンチに腰掛けた。当然ここは日本である。
仕事をクビになって1ヶ月が経とうとしていた。 かろうじて貯金がそこそこ残っていたので、これまでは普通に食事もできた。家賃も来月分は払えるだろう。
問題はいかに仕事を見つけるかだった。まだ20代とはいえ、この不況下だ。今更新しい職といってもそう簡単には雇ってもらえない。
とりあえず連絡先を探すことにする。秋一は鞄をあさってみた。記者になって初めて買ったもので、もう十年以上使っている。
内ポケットまで探ると、何か紙のようなものが指に触れた。取り出してみると、
『妖精はウィーンに実在した!!』
と、大きな見出しで書かれていた。もう紙が劣化して読みにくいが、紛れもなく自分の記事というのは覚えていた。
「懐かしいな…」
思わず呟いた。
記事の日付はちょうど十年前である。
(あのときは…元々違う取材だったな。確か…)
ぼんやりとしか思い出せない。音楽関係だった気がする。
すると先ほどの記事の中にもう一つ記事があることに気づいた。
色褪せてよく読めないが『木村』という字が目に止まった。
(ああ、そうか。)
秋一ははっきりと思い出した。天才少年ピアニストの取材。そんな名目だった。
そして『妖精』を見たときのことも。
「そうだ…目撃者はいたじゃないか。」
心の声がいつの間にか形になっていた。頭の中で素早く計算が始まる。
(もしかしたら、また記者に復帰出来るかもしれない。)
端から見れば正気じゃないのかもしれない。しかし、この記事は幸か不幸か、とにかく事実なのだ。
(木村…蒼)
あの時の、もう一人の目撃者の名前をゆっくりと反芻する。
秋一は、ベンチから腰を上げた。