店が始まり、いつものように蒼は客の相手に務めた。元々は人と話すのが苦手だったにも関わらず、入って半年ほどでそこそこの順位になれたのは、蒼自身も驚いていた。
顔も悪くはなかったし、音楽をやっていただけあって歌は上手い方だった。蒼はもちろんずっとホストをやるつもりではないけれども、この仕事は気に入っていた。
一番の理由としては、客は皆、蒼を『元ピアニスト』ではなく、『ホスト』として見てくれる所だろう。知っていてもせいぜい『ピアノをやっていて、それなりにできた。』ということぐらいである。それが、彼にとって居心地の良さになっていた。
ふと、気付けば同僚の目が店の入り口に釘付けになっていた。
同僚だけではない。客もまた、話すのを止めて目を奪われている。
一人の女性がゆっくりとレッドカーペットの上を歩いている。あまりにも素晴らしい美貌を携えて。
まるで妖精のように…
妖精がボーイに何か囁くと、彼はまるで魔法が解けたように、
「蒼さんご指名です!」
と、慌てて仕事に戻った。それと同時に、店内にも音が戻ってきた。
蒼だけが未だに魔法にかかっているようであった。唐突過ぎて自分に注がれている羨望と嫉妬の眼差しにも気付いていない。
その女性が隣に座ってやっと彼は自分の言葉を探し始めた。
「素晴らしいですね。貴女一人に場の空気が従ってしまっている。まるで…」
「まるでコンサートホールのピアニスト?」
彼女は微笑みながらそう言った。
言い当てられてしまい、言葉に詰まった蒼に代わり彼女は続けた。
「今日逢いに来たのは今の貴方のためにじゃないの。」
一拍置くと、彼女は蒼の目を見て、
「ピアニストの貴方、木村 蒼に会いに来たのよ。」
時が止まったように感じた。