「そう落ち込むなって、瞬発力を鍛える方法はてっつぁんが考えてくれるさ。
それに、オレが取って置きの秘策を教えてやっから」
秘策とやらに興味を示した小早川に、八雲はニッコリ笑いかけた。
「いいか、走る前に自分の一番恐いものを思い浮かべるんだ。
それが追いかけてくる姿を想像すれば、いやでも速く走れるって訳さっ!」
二人のやり取りを見守っていた哲哉と大澤は、得意顔で語る八雲に呆れ果てていた。
だが、当の小早川は違った反応をしめしていた。
「八雲もそうしてるのか?」
「オレか、オレはこの部でいっこ上の先輩を思い浮かべてるぜ。
力任せにぶん殴る鬼のような男だからな、リミッターが外れて凄い速さで走れるのさ」
「…何だとっ!」
激怒した大澤が、八雲目掛けて突進してきた。
それに気付き、血相を変えて逃げだす八雲。
「誰が鬼だとっ!」
「大澤さんの事だとはいってないでしょうがっ!」
「この部でお前のいっこ上は、俺しかいないだろうがっ!!」
「……あっ!」
グランドを縦横無尽に走り回る二人に、あれはあれで練習になるかと思い、また仲裁するのも馬鹿らしかった哲哉は関わるのをやめた。
「ほっときましょうか」
ため息まじりにそういうと、哲哉は三年生達と素振りを始めた。
一方小早川は腕組みをし、必死に逃げる八雲に見入っていた。
「……確かに速いな」
そう呟いた小早川は、あの二人なら百Mを九秒台で走れるのではと思っていた。
「寄せ集めのチームがここまで纏まるとはな、一流の捕手には監督の資質があるというが、本当のようだな」
練習合間の小休止に大澤がそう語ると、哲哉は照れ隠しに笑顔をみせた。
「おだてても、何もでませんよ」
「これだけ和気藹々としているのに、ちゃんとしたチームに仕上げたんだ、練習メニューを考えたお前はたいしたもんだよ」
哲哉が組む練習メニューは実戦に連係したものが多く、一切の無駄がなかった。
例えば、八雲が投球練習をする際は必ず打者をたたせ、バットを振らせていた。
そうすれば八雲は打者を意識した投球ができ、打者は速い球に馴れることができる。
内容はハードではあったが、常に笑顔が絶えなかったのはそれに無理がなかったからだと、大澤は感じていた。