(くそ…っ)
以前、相当今よりも素行が悪かった時の話。
伊織の逆鱗に触れた冬夜はその時初めて姉の腕力が凄まじいことを知った。
蘇る痛みに元患部が心なしか悲鳴を上げる。
冬夜にとって思い出したくない記憶ベストスリーにランクインである。
それを知り、隣で鼻歌なぞ歌っている友人をただきつく睨み付けた。
逆らえないのは伊織だけではない。
厄介な男、中村心。
「ん?何か俺のこと言った?悪口っぽい…」
何故わかる、友人よ。
「何も言ってマセンヨワタシ」
「…何でもいいけど、あの先輩とは喧嘩しないでよ?」
「はーい」
「関わらないこと!」
「はーい」
(お前は俺のかーちゃんかよ)
「冬夜が世話焼かせてるからかーちゃんになるんでしょーがっ」
バシッと頭を叩かれながら冬夜は背筋が寒くなる。
だから何故わかるんだ人の心の中が!?
訂正。
厄介な男、ではなく。
恐ろしい男、中村心。
「…でも、ま、関わっちまいそうだけどなアイツ」
「何?なんか言った?」
「いや」
頭を振って冬夜は何でもない、と返事をする。
冬夜の中に面倒臭そうな予感が沸き上がっていた。
多分、この予感は現実のものになるだろう。
確信に似たものを抱いて、友人に気付かれないよう軽い溜め息をつく。
あの男の瞳が自分を見た瞬間、激しく揺れた。
その先にある自分へ向けられた感情を冬夜は知っていた。
恐らくはまたいつもの厄介事に違いないのだ。
「あんな噂、信じるんだな」
あんな男でも。
そしてこの日の彼の予感は後日、やはり適中する。
滝部俊太は何十人目かの冬夜の『依頼人』であった。