俺たちのバンド、ラットラーに品川恵利花が加入して半月ほど経った頃、不思議な話を耳にした。
「ねェ、リョージ」「何だ?」
「もう聞いてるかなぁ?」
「だから何を?」
「ウチらのライブ観にきたお客さん達がさぁ〜、ライブのあった翌日からいい事が続くんだって噂してるんよ。
ちょっとした評判みたい」
「マジかいっ!……」
ベッドの隣でゴソゴソ身を起こしたエリカ。
彼女が細い体にシーツを巻きつけながら無造作に言った言葉に俺、倉沢諒司は驚きもし、かつ呆れていた。
(さすが、女神パワー …)
「リョージどしたん? 黙り込んじゃって」
「いや、… すっげ〜リアクションに困るだろ?そんな話いきなり言われても」
エリカは、梅雨明けの空の様にスカッと抜けた明るさで平然としていたが、この俺は流石にそこまで大物(?)ではない。
噂の真相を探るべく、俺はいつも来る常連の一人でもある、情報通の友人からこっそり裏を取ってみる事にした。
「よっ!諒司ぃ、この間のライブは傑作だったよな!
クワトロのアホ連中が来るといつも‥」
「信ちゃん、それよりもさ、変わったウワサ聞いてないか?」
俺は高校以来の友人でバイト仲間でもある柿崎信一に、さっそく聞き込みを始めていった。
悪い奴ではないが、口数の多過ぎる点がタマにキズだ。
信一のマシンガントークにはホトホト閉口させられたが、どうやら噂は真実らしい…
同時刻、コルスの事務室
「ハァ…… 青蘭の言う通りだわ。
何度試しても、出てくるカードはディスティニー(運命)…」
妖しいきらめきを宿した、神秘的な深みを持つ瞳。
メデューサと名乗っていた頃の名残であった。
手島美和は昔の商売道具を手にしていたのだ。
「あの坊やにどうやって切り出そうかしら……」
手島美和はタロットカードをデスクの上にパサッと放り出し、頬杖をつくと、思案顔で倉沢諒司のタイムカードに目を向けていった。