秋一はいつもの公園に戻ってきた。
午後になればさすがに人が多く、彼がいつも使っているベンチも、今は子供と母親の憩いの場となっていた。
「せんぱ〜い!」
振り向くと、見知った眼鏡の女性が息を切らせながら走ってきた。
福島 春香(ハルカ)
秋一が働いていた出版社の後輩である。秋一が働いていた時にはまだアルバイトだった。
「裏は取れたのか。」
秋一が聞くと、
「はっ…はい。えと、確かに…木村は…ゲホゴホ…。」
「全く…ちょっと落ち着け。てか携帯で連絡しろよ。」
秋一は呆れながら春香に缶コーヒーを渡した。
「あ、ありがと…ございます…ってこれホットじゃないですかぁ!?」
「黙って飲め。んで報告しろ。」
秋一は空いたベンチに座ると、春香が缶コーヒーを飲み終わるのを待った。
「ふぅ…で木村なんですけど、先輩の読み通り三日前に成田で海外行きの便に乗ってます。行き先は…。」
「ウィーンだろ。」
「ふぇ?あ、はい。ファーストクラスで確かにウィーンへ行ってます。」
秋一の読みはこうだった。
十年前に蒼がピアノを
弾けなくなったのが調査済みである以上、演奏ができない限り、彼が海外に行くのは困難である。
ならばそれを治すため原因の地であるウィーンに行くのが最も確率が高いと。
「で、もう一つビッグネームが。」
春香は続けた。
「黄月 雪乃が乗ってます。」
これには秋一も驚いた。
黄月 雪乃(コウヅキ ユキノ)
黄月財閥の長女である。
黄月財閥と言えば、石油、重工業などで一代の財を成した黄月 法蔵が有名で、世界でも有数の財閥である。
だが、法蔵も病には勝てず、余命も後僅かだと言う。
ここでやはり起きるのは、後継者争いである。
法蔵には四人の子供たちがいた。その内の一人が雪乃である。
(雪乃は音楽評論家としても有名だ。絶対木村とも接点がある。)
秋一は静かに思考に入る。十年前の記憶から今回の事の推測を立てる。
「あの…先輩?」
「福島…俺達もウィーンに行くぞ。」
「え…えぇっ!?」
秋一の推測と記者の勘は告げていた。
間違いない。雪乃は妖精の存在を知っている。