舞子のために犠牲にしてきたものは確かに少なくない。だが、それだからこそ、もう美香に残されているのは、舞子と共に生きるという選択肢しかなかった。
だから耕太の言うほどに、美香の心は単純ではない。舞子は苦しみの根源であると同時に、今の美香にとって大切な支えでもあるのだ。
耕太は泣き続ける美香に心苦しいものを感じたのか、ばつの悪そうな顔でのそりと起き上がった。
「……ごめん。悪かったよ。泣かせるつもりじゃなかったんだけどさ……。」
美香は顔を覆ったまま、無言で首を横に振った。むしろ謝らなければならないのは美香の方だった。耕太は美香のためを思って言ってくれたのだ。王子やジーナが避けて聞かなかったことをあえて問い詰めることで、美香の本心を掘り起こしてくれた。
「違うの。ごめんね、叩いたりして。……聞いてくれて、ありがとう。」
一生懸命涙を拭いながら、美香は呟いた。それでも渋い顔をし続ける耕太に、美香はこれまで一切言わなかった自分の気持ちを、ぽつりぽつりと話し始めた。
「……舞子が特別な力を持っていることがわかった時、私、本当はすごく怖かった。お父さんやお母さんに言っても、信じてもらえないのは明らかだったし、友達にも相談できなかった。それで舞子のことを気味悪がられて、変な噂が流れたら嫌だったし。……舞子はね、本当はとても純粋な子なの。純粋すぎて、だからうまく行かない現実の世界が受け入れられなくて、その反発の結果生まれたのが、舞子の“子供のセカイ”なのよ。」
「それは、逆を言えば舞子はものすごく我が儘ってことにも聞こえるけど……。」
「ええ、その通りだわ。でも、忘れないで。舞子は決して『悪』じゃない。」
「……。」
果たしてそうだろうか。耕太は声には出さず思案してみる。例え本人に悪気がなかったとしても、その行動の結果誰かを傷つけるような事態になったとしたら、それはやはり『悪』なのではないか?大人にも子供にも『悪』はいる。そしてそういう悪い奴に限って、「そんなつもりじゃなかったんだ」と言い訳をする。舞子を無事に“真セカイ”に連れ戻せたとしても、舞子自身が本当に後悔しなければ、結局何も変わらないのではないか。
しかし、耕太はあえてそれを美香には言わなかった。