事の始まりは、幼い兄弟が町の少年野球チームへ入ったことにあった。
チームに入った当初より、八雲は投手としての実力が飛び抜けていて、彼の投げる球をまともに打てる者はただ一人、弟の小次郎がいるだけだった。
二人の前途にある野球人生は、順風満帆であった。
ただ一つ、二人が一つ違いの兄弟であること以外は。
なぜなら、幼少の兄弟にとって一年という年齢差は、実力差をつけるには余りにも大きく、ライバル心を抱くには余りにも近すぎていたから。
それが表面化したのは、二人の初試合の時だった。
四打数三安打、本塁打一の活躍でチームの勝利に貢献した小次郎だったが、試合後に彼が注目されることはなかった。
先発完投した兄の八雲が、いとも簡単に完全試合を成し遂げてしまったからだ。
その後も八雲はチームの耳目を独占し続け、それに反比例するように、小次郎の精神は負に傾いていった。
そして、小次郎が口にした言葉が、二人の運命を大きく歪ませてしまう。
ある日の練習帰り。
夕日に照らされた土手の上を歩く兄の背中に、弟がつぶやいた。
野球を辞めたいと。
その理由が自分の存在にあると知った時、八雲の衝撃は余人が推し量れるものではなかった。
誰よりも小次郎の才能を認め、慈しんでいた八雲にとってそれが閉ざされるなど、堪えられるものではない。
その翌日から、八雲はグランドに姿を現さなくなった。
小次郎の才能が埋もれてしまうぐらいなら、自分が身を引く方がましだと考えたのだろう。
一人グランドに残された小次郎は、自分のこぼした愚痴を心底後悔していた。
そして兄の心を知った弟は、全身全霊を野球へと傾けていった。
自分の実力が兄に肩を並べれば、また一緒に野球ができると信じて。
中学に入学する頃になると、小次郎の才能は目が眩むほどに輝きを増していた。
全国に名が知れ渡るまでになった小次郎は、この頃からしきりに八雲を野球部へ誘うようになっていた。
だが今度は、八雲の心が頑なに野球を拒むようになっていた。
野球のできない日々が、八雲の心を荒ませていたのだ。
そして兄弟は、運命の時を迎える。