隼人の乱調ぶりに痺れを切らした仁藤が、マスクをとりながらマウンドに駆け寄る。
「おいおい、どうした?練習の時と全然違うぞ?」
「すいません。」
「もういい、バッターもランナーもいないもんと思って投げて来い!」
仁藤は守備位置への戻り際、隼人の尻をミットでポンッと叩く。
隼人は帽子のツバに触れながら頭を下げる。
その様子を、ライトのポジションから眺めていた青山は退屈そうだ。持て余した右肩を回しながらぼやく。
「ったく何やってんだよ、黒沢。俺が投げた方がいんじゃねーか?」
一方、豊田中央の監督・坂森は、ベンチで味方の応援に精を出していた正太を呼びつける。
「おい、鈴木。あれが本当に中学の東海大会で優勝したピッチャーなのか?球は速いがコントロールが悪い、どこにでもいそうな投手にしか見えんが。」
「東海で優勝したのは間違いないです!
あいつが硬球にどれぐらい慣れたかは分かりませんが、中学の時はもっとステップ幅が広かったんです。多分、昨日の雨でマウンドの状態が良くないんで、無意識のうちにステップ幅が狭くなってるんだと思います。
あいつの調子のバロメーターは右足のスネが地面を擦るかどうかなんです。」
なるべく打者に近い位置で球をリリースしようと、ステップ幅を広く取る隼人の投球フォームは、マウンドの状態に左右されやすいという欠点がある。
「右足のスネが地面を擦るだと?」
「はい、今はまだあいつのユニフォームの膝から下にかけて土がついていません。
でも、もうじきあいつの本領が見れますよ。」
正太はそう言いながら、雲の切れ間から見え始めた太陽を指差す。
ノーアウト満塁。
打席には4番・須藤。
中間守備を敷き、併殺を狙うことも考えられるが、秋吉はまず1アウトを確実に取ることを優先し、内野陣を定位置のまま守らせる。
仁藤が間を取ってくれたことで、隼人の心拍数はだいぶ落ち着いている。土をかぶったプレートをスパイクで掃いながら、地面を見つめた隼人は、
自分の影がくっきりとできていることに気づいた。
(晴れてきたか。だいぶ土も乾いてきたみたいだな。)
隼人は正面を向き、仁藤だけを見据える。
ポケットから取り出したロージンバックを右手で揉むと、それを地面に叩きつけた。