「た…担架は…いらん」
声の主はA自身だった。
Aはドクターの制止を振り切り、気丈にも立ち上がって見せた。
拍手が響き渡る球場内。
Aは無事をアピールし、ドクターチェックもクリアすると一塁へゆっくりと歩き出した。
試合前から今試合にかける鬼気迫る思いを感じ取っていた監督は、Aに代走を送ることはしなかった。
完投目前で危険球と判断された相手投手は退場となり、投手交代で試合が再開された。
そして次の打者が快音を響かせる。
リリーフの代わり端をとらえた打球は、外野手の頭上を越える渾身の当たり。
Aはフラフラになりながらも三塁を回り、ついに同点のホームを踏んだ。
そしてゲームは延長戦へと進んでいった。
同点のまま迎えた12回裏。
再びバッターはA。
もはや当たり前となった予告ホームランを、観客は大歓声で迎え入れる。
相手投手はすでに4人目の守護神が投げていた。
球場全体にこだまするAコール。
予告通り一発が出れば、サヨナラ勝ちの場面。
しかしこの回無得点なら、規定により引き分けになってしまう。
Aの打席は早くもフルカウント。
第7球。
振りかぶった相手投手の足が大きく上がった。