去年の晩秋、小次郎は八雲に勝負を挑んだ。
負ければ、二度と野球の話はしない事を条件に。
負けることの許されない小次郎は、いつにも増して練習に励み、そして八雲との勝負に臨んだ。
だがそれが、兄弟を悲劇の舞台へといざなってしまう。
季節外れの冷たい雨風を意に介さずにバットを振り続けた小次郎は、体調を崩して風邪をこじらせていた。
それでも小次郎は、勝負に執着した。
八雲が高校にあがる前に野球への関心を取り戻さなければ、二人で甲子園にいく夢はかなわないと考えていたからだ。
体調不良をおして勝負に臨んだ小次郎。
八雲が投じた初球を見送った彼は確信していた。
やはり兄は天才であると。
四年以上のブランクがありながら、そのフォームは見とれるほどに美しく、その投球は今までに対戦したどの投手よりも躍動感にあふれ、小次郎を高揚させていた。
そして二球目。
八雲の投じた渾身のストレートを、弟は万感の想いをこめてバットを振り抜いて天高く舞い上げた。
楽々と外野フェンスを越えてゆく打球を見つめる八雲は、その光景に郷愁を感じずにはいられなかった。
毎日のように二人で日暮れまで、心躍らせて野球した幼き日々。
あの頃のままの心で待ち続けていた弟の想いに、八雲もあの頃に戻りたいと感じていた。
「また、一緒にやるよ」
その言葉を伝えるべく、振り返る八雲。
だがその言葉は、永遠に伝えることはできなかった。
勝負を終え、緊張感から解放された小次郎は、肺炎がもたらした高熱に襲われ、その場に倒れこんでいた。
マウンド上で凍り付く八雲をよそに、病院に運ばれた小次郎は二度とグランドに戻ってくることはなかった。