夜空を眺めていると玄関の自動ドアが開く音がして誰かが外へ出てくるようだった。
俺は玄関の目の前の階段で座っている行為が『変な人』と思われるのが嫌で反射的に立ち上がった。
振り向くと出てきたのは風呂前の『エレベーターの女の子』だった。
後ろ姿の印象が強かったせいで面と向かって顔を見ると、…やはり俺の目に狂いはなかったようだ。
前髪は眉毛あたりで横にしっかりそろっていて前髪以外はかなり長くて、何というか、ツヤのあるきれいな髪の毛だ。
いきなり立ち上がって振り向いた俺を見て彼女は驚いた様子で細長く小さな目を見開いていた。
思わず初めに『すいません』と第一声デビューをして、また両者沈黙。
すると沈黙を破ったのは彼女のほうで、女の子 『ここ、旅館の玄関なんですけど、こんなとこでなにをしているんですか?』
彼女は俺と同じエレベーターに乗ったことなど印象になく旅館の利用者とも思ってないらしい。
返事の言葉を必死に頭をフル起動させて探して、『暇だったんでボーッとしてました』
緊張か焦りなのか説明不足すぎる自分の言葉に頭がおかしくなりそうだったが、今の自分にできる精一杯の回答をした。
そんなふざけた返事に彼女は
『あの、あまり玄関の前で用もないのに長居されると旅館の印象が悪くなってしまうんですけど』
アルバイトなのにしっかりしてる娘だなと感心してしまったが、彼女の眼差しはにらみつけられている気がした。
やはり自分が伝えたかったことは全く伝わっていないようだ。
何も答えることができず、恥ずかしい気持ちになって体が熱くなってきた。
少し時間をかけて平常を取り戻し、今度こそ自分が今日この旅館にお世話になっていることを告げた。
彼女は自分が早とちりをして失礼な言葉を使ったことを謝ってきた。
誤解が解けたところで彼女の左手に大きな袋に目がいった。
どうやらゴミ袋のようだか袋がゴミの圧迫に負けて伸びていて今にも切れてしまうのでは?と思うほどだった。
小さな親切大きなお世話かもしれないが、ゴミ袋を代わりに運ぼうか?とその場の空気で軽い気持ちで言うと彼女は遠慮がちだったが袋を地面に置いた。
彼女的にはかなり重い袋でここまで運ぶのも大変だったのだろう。
少し笑った横顔に何か衝撃を受けた気がした。
それは夜も更けて辺りは小雨の音で静まり返っている夏の夜だった。