この傷さえなければ
聖夜は私に囚われる事は無かった…
哀れな
聖夜…
「──……」
桃実はどんなに暑い日でも長袖を着ていた。腕の傷を隠す為に…
ギュッ
鏡の前で桃実が腕を強く押さえ、ゆっくりと裾をあげた。
左肩から関節まで、二の腕に傷跡があった。生々しく痛々しい深い傷跡。白い肌に傷がくっきりと浮かび、誰もが一目見れば同情してしまう痕。
「──……この傷…さえ…なければ…良かった。…そうすれば…黒峯を諦める事も…聖夜を身代わりに…する事もなかった」
桃実は鏡に映る自分の姿を見つめ、鏡に映る自身の傷を睨む。
「──……こんな…傷…なければ…」
ポタポタ涙を流し、桃実は腕の傷を手で押さえ、爪を立てた。
「聖夜は桃実さんのどこが好きなの?」
「──……別に」
「?別にって…失礼ね!」
二人は暇を持て余し、とりとめの無い会話をしている。
「──……あいつだから好きだし…愛してる。お前だって…黒峯だから好きなんだろ?」
「そ///それは…そう…だけど…」
「逆に訊きたい…兄貴のどこが好きなのか」
「前に言ったじゃない。あなたには…」
「分からない?」
「そうよ」
「──……分かりたくない」
「聖夜、前もそう言ったわ」
「……」
「?桃実さんも聖夜のどこが好きか訊いても教えてくれなかったし…変な恋人ね」
「お前と…黒峯が恋人になれば万人が羨ましがる恋人になっただろうがな。俺達は…」
「は…?」
聖夜が口を閉ざす。
朱斐は聖夜の気ままに溜め息をつく。
「──………からな」
「えっ?」
無言だった聖夜が不意に、小さく言葉を発したが、朱斐の耳に届かなかった。
「何?」
「桃実は……兄貴のせいで…ああなった。だから……兄貴の事は大っ嫌いだ。一生…」
「──……えっ?」
桃実は前は明るく元気で笑いの絶えない奴だった。
それが今では人形のように無表情で…
未だ心は氷ついたまま傷跡を一人で抱えている。
あの傷も…
あの傷を抱えた桃実を救えるのは兄貴だけだ。
でも桃実を兄貴に渡したくない。
「──……哀れな…奴だ。桃実は…」
「聖夜…?」
「お前は兄貴に狂わされるなよ…」
朱斐は聖夜の言葉の意味が理解出来なかった…